アシュレ ノアの方舟の炊き出し

預言者ノアとその家族たち、そして動物たちのつがいを乗せた方舟は、長い漂流の末に陸に辿り着いた。ノアたちは神に感謝をささげ、船に残ったありったけの食料を炊き出してともに食し、再び大地を踏みしめることの叶ったその日を祝うのであった。

なにしろノアの方舟のことであるから、積み込んであった食料は麦や木の実、豆類がほとんどであったことだろう。それをまとめて麦粥に似たものを炊いたと伝わっている。そして今もそれにちなんで「大地との再会」を祝うこの日を迎えたイスラム教国の町や村、そして家庭では朝から炊き出しの支度をする。方舟の麦粥を忠実に再現したものではなく誰が食べても美味いと感じるようなものに変わってはいるものの、素朴でやさしい味のする麦粥「アシュレ」について書いてみたい。


「アシュレ」とはアラビア語の数詞「10‐アシュラ」から来ている。預言者ノアとその一行が大地に降り立った日はイスラム暦第一月(ムハッラム月)10日にあたる。太陰暦であり閏月を用いないイスラームの暦の一年は365日に11日ほど足りないため信仰にかかわるすべての行事は毎年11日ずつ早く訪れるのだが、今年は去る11月の24日にその日を迎えた。ムハッラム月の残りの二十日間、つまり次の新月の晩がくるまではこのアシュレを何度か味わうことができる。

さて、いったいどのようなものであるか。
粥といっても塩味はつけない。麦と一緒に豆や果物を煮て最後に砂糖を加える「甘味」である。文字で書いてしまうと日本人には馴染みにくいもののようだが、みつ豆や汁粉の遠い親戚だと申せばお分かりいただけるかもしれない。

大麦は研ぎ、ひよこまめ、白いんげんをそれぞれ別に一晩水につけておく。干しぶどう、干し杏、干しプラム、干しりんご、干しいちじく、そのほか家にある乾燥果物がっさいを一緒に茹でる。
台所で作るならばここで圧力鍋のお世話になる。最初に麦を大目の水で七分炊きにする。この時点で炊きすぎると後で溶けてしまうので早めに蓋を開け、大鍋にうつす。水を足し、焦げ付かないように時々かきまぜながら弱火にかける。
次にひよこまめ、づづいて白いんげんも圧力鍋にかけ、それぞれやや硬めに炊いて大鍋に加える。
乾燥果物を茹で汁ともども大鍋に空ける。
さらに生の果物をきざんでくわえる。今は冬なので柑橘類やぶどう、りんごがある。そしてくるみや落花生、杏仁などの木の実も煮る。栗があれば下茹でして加える。それぞれに火がとおった頃に砂糖で甘味をつける。
白玉団子や餅を入れたらさぞ似合うだろうなあ、などと思うほど、日本人の筆者にとって親しみの沸くアシュレである。

          アシュレ



大鍋のアシュレを小鉢に分け、ざくろの粒や胡麻、くるみを砕いてちりばめる。それが冷めぬうちに近所の家々へ「召し上がれ」と配ってあるく。ムハッラム月は毎日のように、どこからともなくアシュレがやってくる。寺院の前や市場に大鍋が設けられて道行く人に振舞われる。振舞う側もそれを受ける側も「神のご加護がありますように」と、お互いの平安を祈り謝意を伝える。万物はそもそも神からの賜りもの、神はそれを隣人と分かち合い世に還元することを望むと聖典クルアーンに繰り返し記されている。イスラームに限らずこの世の多くの信仰で教えられていることである。


ノアも、モーゼも、アーダムも、一神教の信者たちにとっては実在の人物であり伝説などではない。楽園を追われたアーダムとエヴァから生まれた子供たちが世界に散らばり今の世の中をつくったと認識している。ヒトの祖先が猿であったなどと言えば笑われるか、下手をすると叱られてしまう。

旧約聖書に記された「創世記」によれば、アダムの死後その子孫たちは時とともに堕落し世の中は業に満ちあふれ、神に跪き天命に従う者は絶えようとしていた。怒れる神は大洪水を呼び起こし生きとしけるものすべてを滅ぼすであろうことを預言者ノアに告知し、しかしノアとその家族だけはこの世に踏みとどまりその子孫たちが人の営みを続けることを許した。方舟をつくり動物という動物の全てのつがいを運び込み、大洪水に備えよとノアに命じた。

クルアーンにも預言者ノアはいくつかの章にわたって記されているが洪水と方舟については旧約の記述とはいささか違いがある。神は堕落の民「ノア族」に対し預言者ノアを遣わして(民族の中のひとりであるノアに預言を与えて)神を畏れ行いを正すよう命じた。しかし聞く耳を持たないノア族を神は見限り、大洪水を起こしこの救いようのない民を滅ぼすとノアに伝えるが、ノアの家族そして最後の日までに改心した者たちには救いを差し延べるとした。そして方舟の作り方、食料の保存のしかたは神がノアに預言という形で与えたとある。
方舟を作るノアは周りからそしりを受け続けた。
「預言者を名乗るノアよ、どうしたことか、今は船大工に身を落としたか」と笑った。
大洪水が近づいた頃に方舟は完成した。食料と動物たちの餌が運び込まれる。

旧約では動物たちを確保するよう神が命じているが、クルアーンでは動物たちが自ら方舟に集まってくるとある。また旧約にある「動物」とは哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫その他全ての動物種であると明記されているのに対しクルアーンにはそのことは触れられていない。

風雲はいよいよ急を告げ天から滝のごとく降る雨の中でノアは人々に改心を求め呼びかけ続けた。しかしそれに耳を貸す者は少なく、八十人がようやくノアに続いたという。ノアの息子たちのひとりケナンも頑として方舟に乗らぬ者の中にあった。高い山にのぼり洪水をやり過ごすのだといい、方舟に乗ること、つまり神にひれ伏すことを拒み現世を選んだのである。ノアは深く嘆き神にケナンを救うことを哀願したがそれは赦されず、水が大地を呑み込むと方舟は溺れるものたちを後にすべり出した。
救いがたいノア族の中からでさえ神とともにあろうとする預言者ノアが現れ神の道を説き続けたことも、その預言者の息子たるケナンでさえその声を聞き入れずに背徳者として沈んでいったことも共に深い何かを訴えている。ケナンが逃げた高い山とてもとより神の創造物であり、神の怒りをかわす力は持ち得ない。


この洪水が何を意味しているかは議論が絶えない。最後の氷河期がおわり海水が急激に上昇したことを指すとするものもあれば中東の一部地域の川の氾濫という考えもある。旧約にあるようにノアがこの世の全ての人間の中でただ一人神の目に適った者とするならば、そのほかの全てを滅ぼすための洪水はそれこそ世界規模でなければならない。しかしクルアーンによれば神が見限ったのはノアの属するノア民族であるとされる。そしてこのノア族の拠点はメソポタミア高原一帯であったとの記録があり、となれば大洪水が指すのはチグリス・ユーフラテスの大氾濫という予測も可能になる。

さらに、ノアの方舟が到着した土地も食い違いがある。旧約ではアララト山、クルアーンではジュディ山となっている。いずれもトルコ東部に実在する山であるが400km以上の隔たりがる。学会で勢力を持つのは当然西欧の学者であり、そうなればキリスト教・ユダヤ教の見地から旧約聖書に記されるようにアララト山をノアの方舟が行き着いたところとする意見が定説となった。(繰り返しになるが、中東でも西欧でも洪水や預言者たちの存在は史実とする考えが強く学会の中にも深く根付いている。近代合理主義とは本来水と油の間柄にある旧約の世界だが、西欧・中東の研究者のあいだでは両者の関連付けを試みる斬新な動きすらある。日本はこういう点では甚だしく遅れているといえる。)

19世紀後半からアララト山一帯の調査がたびたびおこなわれている。方舟と思わしき木造の遺構がオスマントルコ帝国政府により発見されたがなぜか調査を断念、しかしそれにより方舟の存在が世界に知られることになる。その後帝政ロシアが没する直前にロシア軍による大規模な調査が行われたが革命の混乱で資料は散逸、そして二度の世界大戦を経て冷戦時代を迎える。東西の緊張が高まるとアメリカの同盟国となったトルコと旧ソビエトの国境付近に位置するアララト山に調査団が近づくことは不可能となった。その中で唯一調査を進めることができたのはトルコに駐留するアメリカ軍であった。そして今日、ノアの方舟についての議論の材料はほとんど米軍の作成した資料によるもので、また一番の発言権もこの国にある。

きな臭い。

一方でクルアーンに登場するジュディ山はといえば、80年代以降はPKKと呼ばれるクルド人のテロリストの潜伏地帯となり調査隊はおろか軍隊さえも近づけない。いや、近づかないのである。なぜならPKK問題は世に知られるところの民族紛争などではなく、トルコ軍部が深く関わる麻薬と武器の密売組織の隠れ蓑だからである。トルコ東部の、かつては絹の道と呼ばれた交通網をくぐるのは駱駝に積まれた絹や香辛料ではなく、イラン・アフガニスタン方面の麻薬と欧州製の武器弾薬に変わった。加えて国内に軍の権威を誇示するためには暴れるテロリストの鎮圧という茶番が欠かせない。武器を売って麻薬を買う国の肝煎りでトルコ軍が周到に用意したでく人形、それがPKKである。だから間違ってもジュディ山にノアの方舟の聖地などがあっては困る。世界中から注目され、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教すべての信徒たちの巡礼地となり、都市が出来上がり、それでは密売どころではない。この地が本当に新天地であったかどうかは別としてそのような厄介は是非とも避けたいところであろう。

人の思いがいかにあろうと方舟は、どこかに眠る。



アシュレの中身は、木に生る実、育てた実、そしてそのいずれかを蓄えた実、といくつかに分けて考えることができる。

木に生る実は天から「たまわる」ものと素直にとらえることができる。秋には木々が枝も折れんが如く実をつけるとわれわれはその恩恵にじかに触れることができる。

育てた実とは土を耕し、種を蒔き、水を引き、春から秋までを身を粉にして働き手に入れる実りである。土や雨や日の光という天の恵みに「そだてる」という人為が加わる。

冬から春にかけて大地は風雪に閉ざされ木々も土も眠りにつく。が、我々は森の獣のように冬を眠りとおすことができない。海を越え南を目指して飛ぶ翼もない。実りのない冬も食べ続けなければ生きられない。そうして、天から「たまわる」もの、そして人が「そだてる」ことで得たものを、「たくわえる」という知恵をもって冬をしのぐようになった。

夏から秋にかけての豊かな実りを乾かし干して冬の糧とし、正しく保存すれば何年でも蓄えておける。このおかげで飢饉をもやり過ごすことができた。この世に生をうけた者たちはより多く、より長く命を繋ぐことができるようになった。


だが、それは両刃の剣でもあった。たくわえは貧者と富者を生み、弱者と強者を分け、物欲に駆られたもの同士を争わせた。業は業を生む。人々は神の名を騙って争いを仕掛けるまでにのぼせ上った。

万物は神からの賜りものであることを承知しながらも、働いて麦を育てる力、それを乾かし、雨露から守り、蓄える知恵とてそもそもは賜りものであることが次第に忘れられた。そして「そだて」「たくわえ」たものを人の手による「私物」と錯覚した。神の手を振り払った。この断絶は人をいばらの道に引き込んだ。



ノアの故事であるアシュレがならわしとして今に伝わるのは、己に与えられた力と知恵を隣人と分かち合い世に還元せよとの暗示である。その逆を行く我々は、知恵も、力も、恐ろしい仕業のために使い続けている。それは廻り回って我が身に、我が子たちに降りかかるであろう。


人の思いがいかにあろうと方舟は、沈みゆくものを後にする。
我々は新天地に立てるのであろうか
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禁断の果実

神はアダムを、そしてその妻としてイヴを創造した。二人を楽園にすまわせ木という木のにたわわに実るあらゆる果実を食べることを許したが、その中の「智恵の樹」と「生命の樹」の果実だけは禁じられていた。
しかし二人はその果実を蛇にそそのかされて知恵の樹の実を口にしてしまった。すると裸であったことに「気付き」、体をイチジクの葉で覆って隠した。神は怒り、豊かな楽園の実りは枯れて僅かなものとなった。この後二人は飼い、耕し、寒さに耐えながら働き生きることを余儀なくされた。神はこの二人の子孫が「生命の樹」に近寄ることのないよう、炎の剣-雷を置き守らせた。

旧約聖書によれば二人をそそのかしたのは蛇であるが、イスラームの聖典クルアーンでは異なる。
神は自らの代理人として人間を創造することを天使たちに告げた。天使たちは驚き、人間などを創ってはこの世は争いと血にまみれてしまうと嘆いたが、神は土からアーデム(アダムのアラビア語読み)を創り上げた。そして天使たちに命じアダムに万物の名前と意味を教えさせた。さらにアーデムに平伏すよう命ずるとイブリースを除くすべての天使はそれに従った。
イブリースは火、それも煙の無い炭火のような火から創造された存在であった。天使ではなかったものの神へ対する敬虔さから天使の列に加えられていた。「我々が平伏す相手とは、この泥から創られたものなのか? 火から生まれた我の平伏す相手はこれなのか?」イブリースはさらに続ける。「神よ、審判の日まで我に命を与えるならば、このアーデムとその子孫たちの僅かなるものを除いてすべてを悪の道に誘い込み操るであろう。」
神は「行け」と叫ぶ。「これ(イブリース)に従うものすべてに地獄という見返りが与えられよう。」ここでイブリースは天使から悪魔へと堕ちる。
イブリースは自ら吐いた言葉の通り楽園に暮らす二人を誘い禁断の果実を食べさせた。二人は後悔し許しを請うが、その罪は許されたものの楽園から地に追われてしまう。


学問の世界から教典を「解釈」しようとすれば―― 一神教の世界では神とは絶対なるものでありその言葉に背くものは罰を免れない。神が禁じたものを口にすることこそ禁忌であり、禁断の果実とは一つの象徴である―― とこうなる。

逆に神を畏れる者は創世記も失楽園も大洪水もすべて史実ととらえていえる。そのため、禁断の果実が何であったのか、何を象徴しそれを以って何を教えんとしたのかは大きな問題であった。
この果実が何であったかはいずれの教典にも書かれていない。リンゴやイチジクだといわれるのは西洋の画家たちが失楽園物語を描く際にこれらを用いたせいもあるが、地域の伝承や後世の研究からいろいろな果物があげられている。いずれも薬効、或いは毒性をもつ植物である。

近頃の考察では、この禁断の果実は「火」であったという指摘がある。――人間は火を使うことを知りそこから多くの「文明」が生まれた。それにより暮らしが豊かになる反面、争いが絶えず人が人の命を奪う世界をもたらした――

意味深い考察である。さらにギリシア神話をみれば人と火の出会いはプロメテウスによるものとされている。


プロメテウスは天空たるウラノスと大地たるガイアの間にうまれた子供たち、タイタン神族の子孫である。ゼウスも同じ一族から出ているが父親クロノスに殺されそうになったところを逃れて逆に戦いを挑み、これに勝ってタイタン神族を滅ぼした。プロメテウスはタイタン神族の不利を見抜いてゼウス側に付いていたことから生き永らえながらも一族の復習をその胸に潜めていた。ゼウスは人間から火を奪い(氷河期か?)自らの武器である雷を作らせるため火と鍛冶の神であるヘパイストスに預けるが、プロメテウスはヘパイストスの炉から火種を盗み出し人間に与えてしまった。

ゼウスは怒り、プロメテウスを山の頂上に繋ぎハゲタカに肝臓を食らわせた。尚も静まらぬゼウスの怒りは人間たちにも向けられ、地に禍を与えんと神々に命じて「女」を創らせた。男を苦悩させる美しい姿、ずる賢く卑屈な心をもつ「女」にパンドラと名づけ、決して開けてはならない箱とともに地上に遣わした。人類にとって「女」ほど大きな禍はないという(お互いさまである)。開けてはならないと知りつつ、箱はあけられた。出てきたものはこの世のありとあらゆる災禍、そして思わせぶりな希望。


旧約やクルアーンの預言と世界に残る神話を混同してはいけない。しかし神話や教典に綴られる比喩がともに史実と重なり合うのは認めねばならない。


イザナギとイザナミの夫婦は日本の島々、そしてたくさんの神たちの親である。まず国産みを終え、そして海や山、草などの万物(の神々)を産むが、火の神カグツチを産む段でイザナミは大火傷を負う。ここでも「火」だ。
火傷に苦しむイザナミからまたも神々が生まれ続ける。養蚕の神、水の神、埴(粘土)の神、そして鍛冶と鉱山の神カナヤマヒコ・カナヤマヒメが生まれた。
イザナミがこと切れるとイザナギは嘆き悲しみその涙からまた神が生まれ、怒りにまかせてカグツチを斬り殺すとその返り血からも神々がうまれた。

亡くした妻を忘れられずにイザナギはイザナミを求めて黄泉国(ヨモツクニ)へとまかる。しかしすでに黄泉の国の食べ物(黄泉戸喫‐ヨモツヘグイ)を口にしているから戻れぬというイザナミは、どうしても戻るようにきかない夫にしばらく待つよう、ただし決して覗かぬようにと告げた。
いくら待っても音沙汰なく、とうとうしびれを切らせたイザナギは櫛の歯を折って火を灯しあたりの様子を伺った。すると見たもの、それは蛆が湧き、体のいたるところに雷がささった(雷神たちが纏わりつく)妻の恐ろしい姿だった。


イザナギの黄泉巡りとオルフェウスの冥界下りは互いに酷似する神話として名高い。
竪琴の名手オルフェウスは亡き妻を求めて冥府に入る。冥王ハデス、そして妃のペルセフォネに妻を返してもらえるよう悲しみの程を竪琴の調にのせて懇願した。胸を打たれた妃は王を説き伏せとうとう許されるが、冥府を出るまで決して妻の姿を振り向いてはいけないと言い渡される。そして見てしまう。


「見るな」「食べるな」は引導。


ペルセフォネは収穫の女神デメテルの娘である。ハデスはペルセフォネに懸想し無理やりに冥府へとさらってきたのだ。娘を奪われたデメテルは怒り狂い地上の実りを絶やしてしまう。ハデスはゼウスに諭されやむなくペルセフォネを返すことを受け入れるが、そのとき冥府のザクロの実を与えられたペルセフォネはその幾粒かを口にしてしまうため地上に戻れなくなる。デメテルの抗議の末に、ペルセフォネは冥府で食べたザクロの実の数を月にかぞえ一年のうちその分をハデスの妻として傍に留まり、その間は地上の実りが枯れることとなった。これは季節の始まりと捉えられ暦の起源とされている。


イザナギが黄泉国から葦原中国にもどり最初に行ったのは禊であった。
水に入り、左目を清めるとその水からアマテラスが、右目を清めるとツクヨミが、そして鼻を清めるとスサノオが生まれた。
アマテラス(天照大神)とツクヨミ(月読命)はそれぞれ太陽と月をつかさどり、それは太陽暦と太陰暦をも象徴している。

スサノオは乱暴狼藉の咎めを受け高天原を追い出され出雲、つまり葦原中国にゆき、そこでやヤマタノオロチ(八岐大蛇)と渡り合いこれを退治する。出雲が豊かな砂鉄の産地であり、ヤマタノオロチがその鉄を求めてこの地に移り住み先住民を脅かした精鉄集団を象徴したものであることを以前の記事で述べたが、オロチすなわち「蛇」が出てくると繋がりが増す。退治とは必ずしも「排する」意味にはならず、この場合は「征する」ととるほうが正しい。スサノオが蛇を征することで鉄を手に入れたように日本において蛇と製鉄の関わりを探せば枚挙に厭いがない。スサノオの子、オオクニヌシの和魂(ニギミタマ)は蛇神であり雷神であり水神でもあるオオモノヌシである。


オルフェウスの妻は蛇に噛まれて冥府に下った。
イヴそしてアダムをたばかったのも蛇であった。
蛇が冬の眠りから醒めるのは春雷の頃、二十四節季でいう「啓蟄」、間もなくである。


世界で最も古い製鉄は古代ヒッタイトで行われたとされている。鉄鉱石と炭を一緒に炉の中で加熱する製法で、後の時代に日本で始まる「たたら製鉄」も同様に行われる。脆さの原因となる酸素と結合しやすい鉄は裸火、つまり炎を嫌う。炭火は炎を出さず、しかも炭素と鉄が先に結びつくことで酸素の侵入を阻むことが出来ることをヒッタイト人たちは見出していたのである。
彼らは高度な製鉄技術を外に漏らさなかった。製鉄が世界に広がるのはヒッタイト王国の滅亡を待つことになる。

彼らの製鉄路を覗けば鉄と炭が赤黒く光を放っていたであろう、あたかもザクロの実のように。

ペルセフォネが食べてしまった冥府の果実、ザクロ。トルコ語やペルシャ語でザクロをナールというが、これはアラビア語の「火」を語源としている。火と炎は違う。炎ではなく灼熱した鉄のような火、これこそ悪魔イブリースの元素である。ザクロの粒の色に地獄の業火への恐れを重ねたのか。


禁断の果実が比喩するものを「火」とする指摘は重要である。が、決してそこにとどまるものではないはずである。火は製鉄に繋がる。製鉄は農具と武器をもたらす。鉄製農具によって増えた収穫は備蓄され富を産み、国や王が生まれる。鉄製武器は動物を狩るだけではなく、人間にも向けられるようになった。農と武の二つに分かれた製鉄の道は国同士の攻防という形で再び一つになった。剣に対し盾が作られ、鎧で実を固め、馬に蹄鉄を打ち、そして、火薬がうまれる。鉄が火薬を伴い火器となる。

人類と火の出会いを学問の世界では落雷によるものと説いており学会にプロメテウスの出る幕はないのだが、雷を作るヘパイストスの鍛冶床から火種を盗ったのであればそれは落雷を意味しているのだろう。大地と天空の陰陽が引き合い雷が起こる。雨を呼ぶ。闇空を駆けるイカヅチの姿に人々は蛇をみた。


雷と書いてカミナリともイカヅチとも読む。黄泉のイザナミにまとわりついていたのはヤクサノイカヅチ(八の雷)であり、「怒る」の語幹と「チ‐霊」を接続詞「ツ」で繋いだイカヅチは「雷神」を示す。雷神を目の当たりにしたイザナミは恐れをなして逃げ、黄泉国に通じる道「黄泉平坂‐ヨモノヒラサカ」の口を大岩で塞ぎ、それまでなだらかに繋がっていたこの世とあの世に結界が結ばれた。


科学は雷の力の正体を「電気」とし、人はそれを神に頼ることなく自らの手で作る知恵を得た。プロメテウスはまたしても禁をおかしたのか。

電気を作り続けるには絶え間なく燃える火、そのための資源が要るのであった。地から資源を掘り出し足りなくなると力ずくで奪うようになる。その争いは血を流し国を焼き、より力強い武器がつくられた。天使の嘆きはさらに深く、イブリースの笑いのみが聴こえる。

火から生まれたものが人々の暮らしを大きく変えた。日の出から日の入りまで働きづめ、餓えや寒さに苦しみながら短い一生を終えていた人間が命をより長く楽しむようになったという。かつて人々が憧れた「不老不死」が形になりかけているかのようである。禁断の果実が行き着くのはここかもしれない。



長寿であった垂仁天皇はさらなる命を望み、タヂマモリ(但馬守、多遅麻毛理、田道間守)を常世(黄泉国の意であるがここでは大陸?)に遣わして不老不死の木の実を探させた。タヂマモリが十年かけて探し当てたトキジクノカグノコノミ‐非時香果を持ち帰った時には遅かりし、天皇の崩御の後であった。タヂマモリは悲しみ息絶えてしまう。この実はタチバナ‐橘、火の色を持つ蜜柑の祖である。

カグノコノミの「カグ」に「香」の文字が充てられているため「香ぐ」と錯覚しやすい。「カグ」はかぐや姫の音と同じ「カガヤク」から来る。竹取の翁はかぐや姫の残した不老不死の薬を使わず火に焼いた。そこは「天の香具山」であった。なにより、イザナミの産んだ火の神カグツチは「耀ぐ」つ「霊」であった。ふいご祀りで鍛冶の神々に蜜柑を奉納するのは荒ぶる火を畏れてのことである。


悪魔はなおも誘う。教典も、神話も、我々に警告を繰り返す。が、知恵に塞がれた我々の目と耳はそれを認めない。

そして禁断の果実をほおばる。

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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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