家を越しましたため更新が遅れております。

常々のご来訪まことにありがとうございます。ちかごろ転居いたしましたため更新が遅れに遅れており、読者の皆様にはたいへん申し訳なく思いつつも如何ともしがたい有様です。雑用に追われて記事を書く時間がないのはもとより、まだ新居の電話工事が完了していないため電網に乗ることができない、そんなこんなであります。

私の住むトルコは人件費も材料費も日本に比べれば格段に安く家を建てるのも夢ではない国でした。しかし昨今の経済成長によりそうとも言い切れなくなってまいりました。そこで今が最後の好機と三年ほど前から少しずつ進めていた工事がようやく完了し、今月ようやく転居がかないました。
しかし完了といっても「住める」状態になったというだけで、まだ役所の検査(日本で言う完了検査)を受けられるに至っておりません。こいつを受けないと住所がもらえないため、現在は工事現場に不法滞在している状況です(最近町を歩いているとシリア難民に間違えられるのでシャレになりません)。電気と水道は工事用の設備をそのまま使用しておりガスはプロパンがあるので問題はないのですが、固定電話だけはどうにもなりません。ちなみに私の携帯は象が踏んでも壊れない(かもしれない)硬派(旧型)の電話であるためインターネットが怖がって近寄らないのです。

テレビのアンテナも面倒くさいのでまだ立てておりません。こうしたテレビもネットもない暮らしというのも悪くはないもので、木々のざわめきのほかは何も聞こえぬ日々を送っております。
ただ更新は近々しようと努力しております。どうかよろしくお願いいたします。
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ゆきにおもへば

雪の中をゆく。西も東も、朝も夕も知れず、ただ真白き雪の中をゆく。
色は消え、あしあとも消え、音も消え、時も消え、我も消えゆく、雪の中。


「雪」の語源を調べれば、決め手はないが諸説ある。筆頭にのぼる説は「ゆきよし(斎-潔し)」から来ているとあり、書いて字のごとく潔斎、斎み潔め(=忌み清め)ることを意味する。醜い穢れはこの世で最も白いものに覆い尽くされる。穢れはもはや目にも耳にも鼻にも届かない。雪に触れれば洗い清められ、その冷たさに肌は凍み穢れを遠ざける。
確かに雪が降らないとおかしなことになる。動物や植物に病気が流行る。作物の収穫が減る。井戸や湧き水が枯れる。水や土の微生物の均衡が崩れたり地下水が減るためだが先祖はこれらを「穢れ」と呼んで恐れ、神とのつながりの中で雪が穢れを祓う存在でありその生物界に与える恩恵を知りえたのだろう。
それに異存はないのだが、「ゆきよし」説はどうも腑に落ちない。まわりくどいというか、やまとことばらしからぬもどかしさを感じるのである。

「雪」は特殊な現象ではなく誰もが知り得るものである。まして、やまとことばの草創期はまだ最後の氷河期の影響下にあり今よりもずっと寒い時代であった筈、日本列島で雪を見ずに生きることはなかったと思われる。それだけ身近なものに「ゆきよし」という四音節の語句の後半を略して「ゆき」の名をあたえるだろうかという疑問、そして「潔し」の接頭語として同じような意味の「斎」を頂くのも疑問である(清められた清きものという意味の妙な日本語になる)。
漢字を知る前の日本語は純朴で明快であった。いや日本語を複雑にしたのは漢字である。大陸式の政治と経済を導入するにあたり生じた、それまでの日本になかった概念をやまとことばだけでは置換しきれなかったという不都合を解消するために漢語を外来語として輸入した。たとえば貨幣のなかった日本に銅銭を輸入することで漢語の「銭-セン」も同時に輸入され、のちに「ぜに」と日本語化して「銭」の訓読みとなったものである。漢語とやまとことばの混用が日本語を一気に複雑にした。もちろんことばたけでなく、まつりごとも人の心も複雑になった。


「雪」という漢字はふたつのやまとことばに充てられた。名詞の「ゆき」、そして動詞「すすぐ、そそぐ」である。冬に空から降る「雪」の字が「辱を雪ぐ」などの意味に使われるのはこの字がもとより両方の意味を持つことに由来する。ならば大陸においても「雪」に清める力があることを大昔から知られていたという事になる。中国語での「雪」は「拭い去る(wipe out)」に近い。しかし日本語の「すすぐ」は口の中や布を「水で洗う(wash)という風合いである。これは信仰と習慣の違いからくるもので、水に恵まれたわが国では穢れを身から離すためには流れる水の力を借りてきた。それを今も「みそぎ(禊、水灌ぎ、身灌ぎ)」という。水に削がれた身の穢れは土に川に注がれ黄泉の国へと流れ行く。

「雪」ということばはどこから思い起こされたのだろうか。
春は歳の始まりである。空は晴れ、映える日差しをうけて気は張り、木の芽も腫れ、霜の融けた土も脹れ、草が生える。これが「はる(春、晴る、腫る、脹る、張る、生える、映える、栄える)」である。
夏は熱に抱かれ穂や木の実は熟し、木々は伸びる。長い一日を親のそばで働きながら子らは伸び、熟す。これが「なつ(夏、熟つ、熱(ねつ)、伸(の)つ)」である。
秋に手に取るあめつちの恵みは歳ごとに同じではない。豊作も凶作も人の手に在らず、これでよし、とあきらめるほかない。「諦め」は「飽きらめ」である。そして「飽きらめる」とは辟易ではない。これでよしとすること、己に与えられた物と事に満足することである。手に入らぬと泣き暮らせば闇、手に入れることに盲執しても闇、しかし「開きらめる」ことができれば闇から開き放たれ明かりを見ることができる。これが「あき(秋、飽き、開き、明き)」である。
そして冬は土が、人が、山が、森が疲れを癒すためにある。古い歳は夜に眠りにつくように休む。雪が降り、ゆく歳の穢れを清める。そうして歳が経る。幾歳も、幾歳も。これが「ふゆ(冬、古ゆ、経ゆ、降ゆ)」である。
そう、ゆく歳は二度とはもどらない。だからこそ穢たままではなく禊ぎ清めて送り出す。ゆきはゆく歳のために降る。これが「ゆき(行き、逝き、往き)」なのであろう。
同じ音を持ちながら、あるいは母音を差し替えながら少しずつ異なる意味に枝分かれするのがやまとことばの特徴でもある。「ゆきよし」の「ゆ(斎)」は「ゆむ-いむ(忌む、斎む)」の名詞化したものであり、「ゆく-いく(行く、逝く、往く)」とは互いに近いことばである。「ゆむ」とは「ゆかす」ことを、そして「生かす」ことを意味し、草木の生える春に繋がる。雪は歳の節目に大地を禊ぐとされていたのだろう。



雪のない東京で育ったせいか、雪への憧れはやまない。カッパドキアはそれほど雪深い処ではないにしても筆者には十分満足のゆく雪加減である。妙に明るい曇り空と、湿り気に和らいだ風に雪の訪れを知らされると心が躍る。
外は雪。こうして降るとなぜか落ち着かぬ気持ちになる。この世と己を繋ぐものが雪に掻き消され、何処の誰とも知れず、時が流れているのかも知れず、ただ忽然と雪の中に在るだけの、いやそれすらも知れぬ、ここちよさ、そしてやるせなさ、昔の俳人が「漂白の思ひ」と言ったのはこれだろうか。

故郷を離れて辛くはないかとよく聞かれるが、有難いことに少しも辛くない。親と国を顧みずにいるという棘が時折さして痛むほかはどうということもない。
日本で過ごした日々は帰国しようがいまさら戻りはしないのである。ましてや幼い頃も、自分が生まれる前の日本も、禊とともに明け暮れた先祖の時代も二度と還らない。今この時すらもみな記憶の淵に沈み時として浮かび上がり、また沈む。ならば同じこと、千年昔もつい先ほども自分からは等距離にある。ならば辛く思うことなどない。しかしこの淵からゆくすえが生まれることを思えばそこに何もかも沈めるわけにはいかない。そして身から雪がれた時を追い求めてもいけない。雪はそれを思い出させてくれる。

しろたへの ゆきにおもへば はらからの ゆくすゑのなほ さちおほからむ



はつはるのごあいさつは節分の頃にいたします。まだまだ続く長い冬をどうかご自愛の上おすごしくださいませ。







冬のごあいさつ

2013年もあとわずかとなりました。みなさま如何お過ごしでしょうか。この季節になると時のたつ早さをつくづくと思い知らされます。
月を見れば十五夜、冷えきる冬空はますます蒼く冴え渡り、春の足音は未だ遠く…

新年とはいうまでもなく年が新しくなる節目をさしております。新春と呼ぶのは年を春から順に数えるためで、冬の眠りから覚めて春を迎えるその門出を祝い新たな年の五穀豊穣と息災を願うのが、わが国の新年でした。

春は。

日の高さ、そして長さが、草木を目覚めさせるに至った頃にはじまります。つまり立春です。立春にいちばん近い朔(新月)の日を新しい年のはじまりとしていました。それは朔からはじまり次の朔までをひと月と数えていたことから来ています。闇から生まれて満ち輝きまた闇に還り行くという人の生死という侵すことのできない律動をを月の満ち欠けに重ねてのことです。

一年の十二ヶ月のはじめの月の初めの日、それは立春を迎える頃の朔日でありました。

私はこのブログで毎年この時期になると同じようなことを書いており、昔からの読者のみなさまはもう呆れておられるだろうと申し訳なく思っておりますが、今年も例のごとく書かせていただいております。
明治の「改暦」により本来の新年は祝うことがなくなりました。代わって目出度いとされるようになったのは西洋のグレコリオ暦の新年です。その昔の西洋では一年は十ヶ月のみ、農事の営まれない真冬の二ヶ月は暦も日付もありませんでした。その後にユリウスとアウグストスが自分の名前を残すため真夏にユリウス月とアウグストス月を捻じ込みました。そうして春のはじまりにあった第一月は後ろにはじき出されてしまい、真冬に一年をはじめることになったのです。目出度いでしょうか。

春の気配をいち早く知る梅の花は立春が近づくとほころび始めます。手折ればそこから枝が分かれ、ますます栄える梅は初春の知らせであるとともに目出度いものとして喜ばれました。毒にも薬にもなる梅の実の霊力もひろく認められていました。それが正月に梅を門扉に飾る由縁であります。

あと三日、梅の花がほころぶことはありません。町の正月飾りの梅の花は紙か樹脂製の造花、そうでなければ特殊な環境で育てられた花でしょう。温室でぬくぬくと育ち、ようやく花をつけた梅はとつぜん真冬の空の下に放り出されます。梅の花に情をうつしてものを言うのもおかしな話ですが、私たちは同じ仕打ちを人に、世の中にしてはいないでしょうか。



新年を祝う習慣のない国に来てからは年末の慌しさも正月気分からもすっかり縁遠くなりました。だからこそでもありますが、やはり今の時期に年末年始のご挨拶をこのブログから申し上げるのは憚られます。
しかし皆様がこの先も健やかに、心やすくお過ごしになることを願って止まぬ気持ちは変わらず、日本の国が少しでも良くなることを祈る気持ちは皆様とともに在ります。

2012年の更新はこれまで、次号は2013年を迎えてからになります。またのお越しを心からお待ちいたします。

あやみ

背景 変えました

じつは「目が疲れて読みにくい」というご指摘を頂いていておりました。それに一年じゅう桜が咲いているというのもよろしくないのでいつかは衣替えをと思いながらもだいぶ時間がたってしまいました。

背景の色と扉絵を季節ごとにきせかえてみようと思っております。

あれこれいじってしまったのでひょとすると不具合が出てしまったかもしれません。著しく表示が壊れているなどのことがありましたらコメント欄よりおことばを頂けますと助かります。

ことのついでに今までカテゴリーが滅茶苦茶だった過去の読み物もいちおう整理してみました。が、これがなかなか難しく、いろんなことをごちゃ混ぜにして書いている為にほかならないのですが、結局「よりわけ」をした意味があるとは思えなくなってしまいました。そこでタグをつけて「かぎ」になる言葉で記事をひっぱりだせるようにと少しずつ手直しいたしております。よろしければご活用くださいますようお願いいたします。
トラックバックなるものも頂戴するようになりましたが、これが何なのかよくわからず「おさそひ」と表示したもののいまいち不安であります。

いつものことですが、当ブログでは外来語をなるべくなるべく使わないように努めております。当代、すなおに外来語を使えばなんでも伝わりやすいのは疑う余地もありません。しかしよその国で生まれた言葉に頼りすぎることで招く日本語の陳腐化は目に余るものがあります。否、もとより陳腐な内容を少しでも知的に見せたいとき、あるいは相手を煙に巻きたいときに外来語が役に立つのです。読むほうの側も「○○イズム」や「○○ゼーション」が出てくると何故か納得したつもりになってしまう。そんなやりとりを続けるうちに、すっからかんの議論が服を着て一人で歩くような社会が、国が出来上がってしまう。それが今の日本ではないでしょうか。

ひとは言語に育てられるとも言えます。思考の筋道は母語によってつけられるのです。言語、あるいは母語が豊かであればあるほどその人の思考の世界が広がるでしょう。根の浅い外来語に自らの世界を委ねるのはあまりに惜しい、そう思うのです。

きょうはご挨拶なので短めに。またのお越しをお待ちしております。

おいでいただきまして まことにありがとうございます

つたない文章をつづったブログですが、お読みいただいている上に拍手なども頂戴するようになりとてもありがたく思っております。今日は記事の更新に変えまして皆様に御礼申し上げます。

私事ではございますが、私こと筆者はもとより建築設計を生業としておりました。結婚、出産を経て今からちょうど十年前に中近東、または小アジアとよばれる地のトルコ共和国に移住いたしました。なぜトルコかと申しますと、ほかならぬ配偶者が此方のひとであったからでありますがそれはさておき、育児に専念することを余儀なくされたため設計業はひとまず棚上げ、子供たちと遊び暮らしておりました。

さて、そこで困ったのが「日本語」でした。はじめの何年かは躍起になって子供たちに日本語を教える努力をしてまいりました。が、正直、もうヤになってしまうというか、例えば日本から送ってもらった絵本を読んであげても絵本の中身は外来語だらけ。息子たちに「○○は日本語でなんていうの?」と訊かれても、テレビ、サンダル、オーブン、プール、コップ…片仮名の雨が降るのであります。トルコの子供たちは人懐っこくて好奇心がつよくとてもかわいいのですが、そんな子達に日本語の数の数え方を教えてくれとせがまれたときにイチ、ニイ、サン…と答えてもう愕然としました。イチ、ニイ、サンは日本語ではなく中国語ではありませんか!

なにかがおかしいと感じ始めたきっかけは、このようなことです。

ある言語の中に外来語が多く含まれるのがよろしくないと申すわけではありません。外の文化に対し寛容で、それを包括するだけのゆとりがあると考えることも出来ます。しかし日本語の問題は外来語が入ってきたその日にもとあった日本語が駆逐されてしまうというところにあると申し上げたいのです。悲しいことですが自らの国の言葉にこれほど不寛容な態度は、この国のゆとりのなさをあらわしています。たとえば若い女性が流行りのサンダルやミュールを履いていて、それがとても似合っているので思わず「素敵な草履ですね」と言っても多分喜んでもらえないでしょう。どなたか試してみてください。

明治維新前までの日本が大事に築き上げた日本語を揺るがした実行犯がいます。福沢諭吉、そして西周(にしのあまね)です。彼らはあくまで実行犯なのでその後ろには確信犯が潜んでいる訳であり、それはこのあとの記事ですこしずつ解きほぐしてみたいと思っております。

日本語文化圏で生きていない限り日本語を母国語とするのはどだい無理な話で、結局わが子たちは完全にトルコ語の中で育てています。元になる言語(母語)が健全であれば後にとのような言葉でも習得できると確信しています。言葉とは自らと事象(こと・もの)の距離をはかる道具ともいうべき存在であり、冴えて揺るぎない道具を手にするかしないかは子供のころの言語環境次第であろうと考えるのであります。

日本語ほど専門用語の多い言葉は少ないでしょう。残念ながら医療や金融は欧米語、法律は漢語外来語に完全支配されてしまっています。しかし大工さんや職人さんの使う専門語のなかには美しいやまとことばがたくさん残っています。階段の垂直なところを蹴上(けあげ)と呼び、水平なほうを踏み面(ふみづら)といい、昇るときにつま先がつっかえないよう踏み面同士をすこしずつ重ねますがその重複部分を蹴込み(けこみ)といいます。いずれも単純明快かつ柔らかい日本語の特徴を顕にしています。またの機会にもっと紹介したいと思いますが、職人さんたちの間で培われた言葉はまだ生きて使われており、そうは簡単に壊せないようです。

去年からやっと設計業を再開することができ、トルコの職人さんたちに現場で指示を出すようになりました。こちらにはこちらでトルコ語の専門用語がありますが、日本ほど細分化されていないので現場は時おり迷走します。とくに段差の数え方があいまいで、二段と指示した段差が出来上がると一段だったり三段になってたり混乱を極めるのですが、それは蹴上げ・踏み面ということばの使い分けがしっかりとしていない所に原因があるようです。

言葉の乱れは国の乱れ、どちらもこのまま腐らせてしまうのはむごい。食い止める術は、あると信じます。


せっかく頂いた拍手のコメントにお礼をつけているのですがうまく表示ができません。ブログの機能がちゃんと理解できるまでまだ時間がかかりそうです、平にご容赦を。また、お気づきかと存じますが、外来語をなるべく使わないよう努めておりますのでその結果とても読みにくいです。それもどうかご辛抱いただき、この先も長くお付き合い下さいますようお願い申し上げます。



尾崎文美

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Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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