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虚構の上に軍隊は成らず いわんや戦争放棄をや

 戦争法案――べらぼうなイカサマ法であることには違いない。こんな法案を通すような議会であれば無いほうがましである。しかし情けないことに国民側からこの法案に対して為される批判はあまりに子供じみている。ただヘイワ、ヘイワと騒ぎ立て戦争に行きたくないと駄々をこねているに過ぎないではないか、その空恐ろしさを感じているのは筆者だけではないと望む。


筆者の記憶では二十五年ほど前、「平和ボケ」なる言葉が活字になって世間にお目見えした。この言葉は戦争のない日本で安穏と生きることにある種の「罪悪感」を植え付けた意味で重要な役を演じたと言ってよい。その結果として四半世紀後の今、軍国化を唱える右翼くずれどもが票を集めたことを思えば「平和ボケ」とは当時の現状批判として国内から湧き上がった言葉ではなく、国外の勢力が冷戦後の日本の外交位置を想定した上で敢えて我々の潜在意識を操作するため耳に吹き込んだ策略だったのかもしれない。


戦争は非道そのものであり起こしてはならないものである。戦争のない世を望むのは日本に限ったことではない。ボケが来るほど平和であるならこの上なにを望むのか、そうも言よう。しかしそのような状況は果たして人類にとって不可能である。


たとえば戦後の日本は本当に平和であったのだろうか、否。日本は人類史上最悪の戦争である冷戦下においてアメリカという名の防空壕に隠れ目と耳と口をふさいでいたに過ぎない。否、もとより「平和」などという軽薄な言葉はこのような狸寝入りに似つかわしい。戦後日本は朝鮮戦争の軍需工業により復興を遂げた。朝鮮半島を焼け野原にした兵器は日本人の手によって作られたのである。その後日本がアメリカの庇護の下でぬくぬくと経済成長を果たす傍らで冷戦体制の底辺に置かれた弱小国は欧米に蹂躙され続けてきた。その資金源こそ経済大国と祀り上げられた日本である。日本は間接的であれ第三国にとっての加害者であり続けたのである。我々が平和と名づけて拝するものはどう贔屓目に見てもこの程度である。


日本は先進国の一員とされながらも外交能力の評価は非常に低い。表向きには外務省が置かれ諸外国との国交が持たれており国連では非常任理事国としての位置もある。しかし実際はいかなる交渉も決定も常にアメリカの顔色を伺いながら、あるいは指示を仰いでの上で、これを外交と呼ぶことができようか。日本には外交の能力ではなく外交の権限がない。皆無と言っていい。敗戦後に占領下に置かれた日本はその後独立を認められたものの未だに首を鎖に繋がれたままなのである。そういう国はアジア・中東・アフリカに少なからず存在するが、日本はだてに金を持たされているだけ始末が悪いのである。


戦争を一方的に放棄するだけならば子供でもできる。国家が戦争をしない、巻き込まれないためには政府による万死一生の外交努力が必要でありかつ国民は政府に協力すると同時に政府を厳しく監視せねばならない。しかし日本人はそのすべてを放棄し国防も外交もすべてアメリカに委託している。敗戦国の立場とはそういうものだが、かの敗戦から七十年も経って未だにそれに甘んじていられるのはもはや日本人がそれを望んでの事と言うしかない。


つまり楽なのだ。アメリカに追随してさえいれば貿易が赤字になることも他国に侵害されることもとりあえず無い。なにより複雑な外交と金のかかる軍事を丸投げしておけば軍事行為で手を汚さずに金儲けに専念できる。戦後こうして金持ちになった日本だが、楽をしている間に非常事態を嗅ぎ分ける嗅覚も対応する能力も完全に失ってしまった。ここ数年頻発する海外での日本人拉致・殺害事件をみれば日本政府の外交が全く機能していないことがよくわかる。


「テロリストとの譲歩は有り得ない」などと毅然と語る欧米だがそれは当然嘘八百である。各国政府は自国の諜報(スパイ)組織を通してテロ組織等とは常に交渉を持ち、脅し、すかし、利害の一致があれば協力し、資金を融通し、すべてのテロ活動は事前に察知することが可能であり、逆に誘発することもある。しかし諜報部を持たない日本政府にはこれが決して出来ず、「屈する」ことも出来ず、したがって海外で捕虜となった日本人を日本政府が救う可能性はない。このように日本は丸腰のまま軍を抱えようとしているのである。


軍国の場合、軍の行動は諜報組織のもたらす情報をふまえて計画される。その組織のない日本に軍なるものが配備されれば、レーダーも羅針盤も搭載しない帆掛け舟でいきなり海戦に斬り込むようなものである。いかにも日本的と言えるが笑い話ではない。


(日本人にスパイはやれないと思ってはいけない。江戸幕府が二世紀半に亘って維持されたのは「公儀隠密」の活躍が大きいのである。また外交が本当に下手かといえばそうでもない。黒船来航の百年以上も前からロシアなどの船団が通商を求めて日本近海に現れていたが、すっとぼけながら回答を避けてはうまく遣り過ごしていたのである。江戸幕府の終焉は単に世界の流れに逆らえなかったためだけではない。命を天に預けて戦う「兵-つわもの」であったはずの武士たちが泰平の世に甘んじて官僚化し、保身のために政治判断が先例重視に傾いたのが大いなる原因である。一大事を察知る武士の気は萎え、破魔の武芸は形ばかりのものとなり、もとより軍事政権たる江戸幕府はその存在の根拠を失った。こういった内的な崩壊を察知したアメリカが満を持して江戸前に大砲を構えたのである。)


今になって日本の軍国化を望んでいるのは他でもないアメリカである。世界の覇権国として君臨してきたもののアメリカはもはや疲弊した。国内を見れば精神異常と肥満と薬物中毒に満ち、職も働く気力も体力も無い。ありもしない正義を振りまわし世界中に戦争をふっかけまくった挙句の当然の結果である。そろそろ覇権を他国に分散して影でその糸を引いて暮らしたい、かつてイギリスがそうしたように、である。日本はアジア地域の番兵として好都合、というわけである。日本国諜報部設置などはアメリカが承知するはずも無く、されたとしても有名無実の組織(例:内閣情報調査室)になる。


日本再軍備論は誰も住まない猫の額ほどの孤島の領有権という実にどうでもいい問題から起った。日本と中国が協調することでアジアへの影響力を失い損をするのはアメリカであることを忘れてはならない。北方領土問題のせいで日露協調が今日まで実現しなかったことがアメリカにどれだけ利益を与えたか試算してみるべきである。いま政府が法改正をしてまで配備しようとしている「日本軍」は単なる米軍の下請けであり我らが国とその国民を守るための武力ではない。


資金さえあれば軍隊は作れるので、日本ならば自衛隊を増強し最新鋭の軍備を数年で整えることが出来よう。ただし飛行機、銃器、弾薬すべてをアメリカから輸入することが余儀なくされる。兵器を輸入するか自給するかは単に経費の問題ではない。A国がB国から兵器を輸入しているのならばA国は結局B国に防衛を依存していると言い換えることができる。依存を絶つためにA国が兵器の国産に乗り出してもB国はあらゆる手でそれを妨害する。世界で起こる謎の株価暴落や航空機事故、クーデターまがいの市民デモはその脅しの常套手段である。技術先進国の日本でさえ未だに旅客機すら国産していないのはゆめゆめ戦闘機の開発などをせぬようにと頭を押さえつけられているからである(日本には某中華人民共和国のようにロシアから戦闘機を盗んで丸ごとコピーしたりするような真似はできない)。こうしてB国から輸入した兵器の制御システムが実戦では決して正常に作動しないであろうことはA国も重々承知であり、だからこそA国はB国に逆らえない。今のままでは虚構を承知で軍備することになる。


相手の物を奪いたいという本能がある限り人は隣人に害を与えてしまう。そうなればおのれと家族を守るために武器を握ることは避けられない。人は裸では生きてゆけない。この原初の道理を国の次元まで引き上げたものが戦争である。外から侵害をうければ国家は国と国民を守るために武力を行使せねばならない。前時代じみた野蛮な考えだとのご指摘もあるだろう、しかし「正義」「平和」「友愛」などとぬかす民族こそ手の付けられない蛮族であり、地球上にこいつらが存在する限り侵略は絶えないと断言できる。国家には有事に行使できる武力があって然るべきである。


わが国にとってその武力とは米軍である。アメリカとは人類史上最も好戦的な国であり、建国以来アメリカが関わらなかった戦争はこの地球上に存在しない。まさに戦争で飯を食っている国に「守られて」いるという事実が不快でないのはなぜであろう、それは「戦争放棄」の一言があまりに眩しいからに違いない。


日本に軍隊がないのは戦争の永久放棄を明記した日本国憲法に由来する。その草稿を起こしたのも、それをほぼ丸呑みした日本政府案を「了承」したのもGHQである。そしてこれは世界に二つと無い平和憲法であり何があろうと死守するべきと謳った戦後教育を設計し導入したのも他でもないGHQである。原爆と敗戦によって自失状態になった日本に占領軍の言い分のすべてを承諾させ、正気をとりもどしたあとにも懐疑の余地を与えぬために学校教育をして日本国憲法を神聖化した。これは大政奉還後、天皇を現神人(あらがみびと)として奉り神国日本のあらゆる行動を肯定した仕組みと酷似している。(明確な「神」をもたないために導き方次第で何でも神と信じてしまうという日本人の弱点はすでに室町時代にイエズス会のスパイである宣教師ルイス・フロイスの手で解析され西欧に報告されていた。)


占領軍が非占領国の国法制定に介入することは越権行為であり現行の日本国憲法は本来ならば無効である。と、ときおり起こるこの正当な主張はアメリカ追従をやめられない日本政府に常に黙殺されてきた。兵役に行かないですむ国民からも無視されてきた。


誰が作った憲法であろうと戦争放棄は至高の法である、そうお考えの方は多いと思うが、日本はアメリカの起こす戦争に影で加担することで自国の安泰と富を築いてきたことをどうか正視していただきたい。この幻影の如き理想を掲げて生きるうち国は病んで衰え明日には地球の癌となる。虚構の上に軍隊は成らず、いわんや戦争放棄をや。


わが国には独自の憲法が必要である。「自由」「平和」「幸福」などという詐欺まがいのあいまいな表現を含まぬ、国の進むべき道を淡々と綴る新憲法を作らねばならない。


わが国には独自の軍隊が必要である。現政権が強行に作ろうとしている米軍日本支部ではなく、日本と日本人を守る日本軍である。その兵器はすべて国産でなければならない。戦争放棄を目指すのはその後である。


わが国には独自の外交が必要である。戦争放棄は突然「やめた」と言って成り立つものではない。同じ意志を持った国々と密接に交渉を続け、協調し、他国(例:アメリカ)の利益のために参戦できないとする国内外の法整備を重ねてこそ実現できる。ただし経済制裁とテロの標的になることを覚悟し耐え抜かなければならない。


日本はまず輸出入に偏りすぎた経済を叩き直さなければならない。経済制裁という脅迫を撥ね付けるだけの国内生産力が要る。このまま国民が都市生活に固執しているうちは生産力は下がりつづけ、不足を補うための輸入とその対価を支払うための外貨獲得すなわち輸出に血道を上げることになる。さらに都市集中から生まれた「地価」という架空の価値のために国民は無駄な労力を常に費やし、その利益は銀行が吸い上げて最後は国外に持ち出されているのである。都市とは金融システムの都合が生んだものである。いまはそれに背いて都市から離れた生き方を模索する時である。


輸出入が減れば株は下落し、失業が増える。しかしそこで農林水産業と工業を援助し雇用を増やすのは国の仕事である。「都市」がその引力を失えばしめたもの、国民生活は逆に向上するだろう。


日本には食糧生産の可能な土地がまだいくらでもあり、また市場の食糧の三割以上が廃棄されていることを考えれば自重することで食糧完全自給は十分可能になる。そして毎日のごとく膨大に排出されもはや行き場を失った不燃ごみとはもとより石油そのものである。日本が資源を大量に輸入せざるを得ないのは資源が無いからではなく使い方を誤っているからである。市場が「使い捨て」を前提としている以上この過ちは繰り返され、いずれ国民も使い捨てにされるだろう。


廃絶すべきは受験を標榜した教育である。その教育を通して体得させられているものは「合理性」のみである。聞こえはよさそうだがこれはただただ資本主義経済に貢献する手足となるための理念でしかない。ようは「金がすべて」という理屈で調教されているのである。すると「金のためなら」どんな非合理も理不尽も受け入れられるよう洗脳されてしまう。すると海外の弱小国あるいは国内の弱者の暮らしを、そして慕うべき朋友の暮らしをどれだけ侵害していても、逆に侵害を受けていてもそれを雄弁に肯定できるようになる。いらぬ戦争へと引きずり込まれてしまうのはこうした下地があってこそである。


絶縁すべきはメディアである。牙を隠して笑顔で歩み寄り、主義主張のみならず善悪の判断までも塗り替えてしまうことができる。世界の街角で民衆が「春」と叫ぶ暴徒と化した。それを煽り戦争を起こしたのも、世界に事実無根の画像を配信し「春」を美化したのもテレビとソーシャルメディアであった。いずれのメディアもその持ち主のために存在するのであって民衆のためではないことを知らねばならない。


今までどおりアメリカに追従することで保身を図るというのであればそれも国としての道であろう。ただしそれは属国としての道である。


日本は独立国として、外交と防衛を自らの意志と手で行うべきである。アメリカが疲弊し国力を失った今がその檻を破る好機である。


国策のアメリカ追従を断ち切るには、「内的な自立」をおいて他はない。それは生活の手段や嗜好にはじまり史観、社会観、倫理観そのほかあらゆる観念をアメリカから押し付けられ、それを「よいもの」と信じ込まされている状況を破壊し日本人としての本来の生き方を取り戻すことである。国の根本である国民一人ひとりがその自立を果たせば政治などは自ずと変わる。



…と、書き連ねるのは楽だが、実現には苦難に満ち、多くの尊い血が流れることも避けられないだろう。そして今日の日本人がそれに耐えられるとは思い難い。なぜなら今や苦難に耐えるための大儀名文が実に怪しいからである。近代以前は「神仏」を畏れ、苦しいことがあろうと「神罰や仏罰」をうけぬようにと非道を避け、それに耐れば「徳」を積むことができ死後には極楽に迎えられるとの考えがあった。しかし現在はそのようなものはただの非合理でしかなくなった。我々が悪事に手を染めぬための縛りは「法律」である。法を犯せば「刑罰」をうける。さすれば「金と自由」を失う。そうならぬためなら社会の軋轢をも辛抱できる。「金と自由」は現代人にとって最も神聖なものであるからして、敵国が「金と自由」をちらつかせて近寄ってくれば苦難に耐える必然性が蒸発してしまうのである。悲しくもそれが日本の現状である。


新憲法、再軍備を語るのであればその根底を為すもの、つまり日本を束ねる共同体意識を見出さなければならない。それには先史から今に至るまでに世界に興亡した国々がいかなる道を歩んだかをよく学ぶべきである。

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セキュラリズム 刹那の現世主義 後編

「セキュラリズム―現世主義」というものについて、今回はその後編である。

端的にいえばこの世の事象の価値判断から「信仰」に由来する精神を排除し、信仰は信仰で別の場所に安置するが互いに決して干渉しないという主義主張である。
これは世界の殆どの国で政策として執られていること、その上でいちばん影響を持つのが「教育」の分野であること、そしてセキュラリズムは世代が進むに連れ教育によって濃縮されてゆくことを前編で述べた。
忘れてはならないのは、セキュラリズムは決して「無神論」でないことである。神は存在するとした上で「神との別居」そして「神の陳腐化」をその目的とする。

厄介なことにセキュラリズムは自覚症状のない病によく似ている。「あなたは病んでいる」と説いたとしても当人が認めないことには治療の余地がなく、しかも当人は至って元気に生きてゆける。しかしそれは社会全体を確実に蝕み壊死へと導く。ではその過程を書いてみるとする。セキュラリズムが浸透した社会とそこに生きる人々はどうなるか。

第一に、理論で整理された判断にのみ理解を示す。数式や統計に表すことができ、さらにそこから予測可能な事象つまり「目に見えるもの」はその存在と価値を認めることができるが、そうでないものには口先で敬意を表することはあっても認めはせず、精神論、感情論などと名づけて価値判断の対象から外す。


第二に、凡そ数量による裏付けがあるものを価値として認め信用することができる。物を価格で評価し、職業を収入でえらび、学歴とは獲得した点数の総量、学校は偏差値と倍率、刑罰は量、保障は額、世相を指数化し、企業を実績で格付けし、多くの著作が流通していれば知識人と認め、多数の受賞があれば権威と呼び、多額の寄付があれば篤志家となる。得票が多ければ与党になる。
つまり、価値を比較検討するためには数量で具体化することが必要となった。言い方を変えれば数値に遮られ内容を見なくなった。

安全、信用、そういった一見して価値の置き所が心の中にありそうなものも例外ではない。たとえば建設現場や工場で取られている安全対策は人の命の尊さや後に残される家族を思ってのことではない。信用を失うことでこうむる損益や支払うべき賠償と安全管理への投資の比較(=損得勘定)である。補償制度が整った先進国ほど作業場の安全への投資が余儀なくされ、それは信用の指標として商品の単価に跳ね返る。逆に途上国では労働者に泣き寝入りを強いることで安価な製品を製造できる。だから先進国は途上国で製造したものを輸入する。が、資源の輸入にしろ、現地生産にしろ、「投資」の一言が先進国による途上国からの搾取に正当性を与えている。途上国の産業がどのような環境下にあるかを見て見ぬ振りをせざるを得なくなる。おなじ搾取を国内の移民に、被差別集団に、後ろ盾のない弱者たちに強いるようになる。が、いつのまにか自らも搾取される側に置かれることになる。

第三に、理論と数量により生まれた信用や価値というものに一人歩きを許し、それを「権威」や「知名度」に成長させてしまう。人はこれに出くわすことで事象の吟味を怠る。思考停止状態のまま社会との関係を続ける。多くの人々の皮膚感覚がここで麻痺を起こす。こうなれば内容は置き去りで権威と知名度だけを追いかけさえすれれば価値にも信用にも接することができる。その指針としての貨幣が活躍し、科学者、知識人、企業、報道、教育という権威の売り手と、買い手である民衆の双方がひたすら市場を膨らませ続ける。しかしそれは貨幣を注ぎ込み、高く売り、高く買わされ、負債を抱え、日々の糧のためとは別の無意味な労働に日の殆どを費やし、頭を悩ませ、気づけば精も魂も尽き果てることを意味する。

教会による民衆支配が暗黒時代と呼ばれた「中世」の全景ならば、西洋による非西洋への侵略と搾取はモダンつまり「近代」そのものといえる。そしてその後に来るポストモダンすなわち「現代」もやはり権威による民衆への侵略と搾取である。中世の、王権とともにあったキリスト教会が民衆の財産と精魂を吸う吸血鬼であったあの時代の相似形がいま世界中で再現されている。違うのはキリスト教が理論に、司祭が科学者やマスコミに、そして神が貨幣に取って代わったことである。アフリカなどの特定の地域ではいまだに中世と何ら変わらぬ暴力支配が続き、剥き出しの武力を行使できない国ではイデオロギーや経済の支配が繰り広げられている。

そうした歴史を現世に輪廻させるのがセキュラリズムである。


第四に、搾取を受ける側に落ち、現代生活に精魂尽き果て疲弊しても人々はそれを認めたがらない。認めることで現世すなわち人生の価値が木っ端微塵に打ち砕かれるからである。そこで自らが信じてきた合理主義や物質主義をさらに援護し実践する羽目になり、同時に自らを癒してくれる何かに縋りつく。しかし来世とは別居したため現世しか意識できず、現世の幸福を実現してくれそうな何かを見出してそれに頼らざるを得なくなる。金品、娯楽、快楽、人間関係、表現、主張、いろいろあるが結局それらが行き着くのが「自由」の言葉である。しかし現代、人の思考と行動を羽交い絞めにするものこそこの「自由」である。

「不自由」がなければ「自由」などは存在しない。そして不自由は権威や権力を背景にした制度によって人が好きなだけ作り出せるものである。つまり民衆が自由を意識するにはそれに先立って不自由の製造がなされなければならない。ならば権力者は不自由の匙加減をする。時に不自由で束縛し、また時に自由を押し付けて懐柔し、慣れた頃にそれを剥奪して恫喝し、そういった支配は古代も中世も今も変わらない。民衆がいくら自由を連呼したところでその敵である権威が存在する間は不自由は消えうせず、況や権威に益々の権威を与え不自由を肥大させることとなる。

自由の追求が可能な領域の限界線とされている「法」と「倫理」はいずれもキリスト教社会のセキュラリストたちによって確定された。この線は越えられないが、この線は彼らの都合で描き換えることが出来る。

第五に、セキュラリズムの出発点はキリスト教会の暴力からの開放でありそこから「近代的自由」が生まれた。しかしこれは最終的に世界の権威と権力が集中する場所つまりキリスト教社会にのみ寄与する思想であり、世界の人々は自由を求めることで知らぬ間にここに貢献させられる。


日本はキリスト教国ではない。しかし憲法と軍と経済と教育を国内外のセキュラリストによって設計された国である。よって我が国の富と生気がキリスト教社会に吸い上げられているのは至極当然の避けられぬ事態である。この受け入れがたい状況が闊歩するのは日本にセキュラリズムがいかに深く染み込んだかをよく表している。

理不尽きわまる政治と社会に異論を唱え立ち上がる人々は必ず19世紀の思想家の名を掲げて、あるいはフランス革命や自由民権運動、日本国憲法の精神を引き合いに出し「本当の民主主義を」、「本当の自由を」求めて熱く語る。しかしそのようなものは決して存在しないことに気づかない。民主主義も自由も所詮はキリスト教社会の発明品であり、世界をその権力下に置くために異常なまでに美化された道具に過ぎないことに目を向けない。民主主義とは、自由とは何かという不毛な議論に時を奪われ上に掲げた五つの悲劇を繰り返す。そして来世への旅支度は手付かずのまま現世での時を終える。

アラブの春、グローバル化、フクシマ、少子化、そのほか題名をつけられない社会悲劇のどれもがセキュラリズムなくしては起こりえない欺瞞と非道である。現世での時をこのように使い果たすのが悲しく虚しいと思わない、あるいは思いながらも仕方なしと受け入れて本当の自由とやらを求め続けてしまうのがセキュラリズムである。



本論は科学と理論を否定するものではない。科学と理論を神への冒涜として迫害した中世に戻ろうという考えは毛頭ない。ただ現世に近視眼的になってはならない、そう申し上げるものである。科学にせよ理論にせよ、これらは現世で隣人に非道を働かないための智慧と捉えるべきである。そこに根拠を持つ民主主義などの政治手法はただの選択肢であり崇高なものではない。そして科学者、識者は物事の摂理を図式と論文で表現することを生業としているだけであり、彼らに万物の創造主であるかの如き権威を決して与えてはならない。
セキュラリズムの罪悪はまず科学と理論を神の替わりに神聖視させたこと、そこで生まれた権威を頂点とする支配構造を創り民衆をそこに縛りつけたこと、民衆に「自由」という得体の知れないよろこびを与え現世での時と来世への畏れを奪ったことにある。

分身の術を使い、筋斗雲を駆って飛び回る孫悟空はこの世に敵なしと思い上がり神になろうとした。「悟空よ、それほどならば我が掌から逃れてみよ」と言う釈迦に、一尺ほどの手のひらから逃れるなどとは笑止、俺様の一飛びは十万八千里、この世の果てまで駆けて見せようと息巻いた。そして幾日かとび続け、この世の果てと思われる五本の柱の立つ処へと辿り着くと、その根元に「斉天大聖」の名を書き見参の証をのこして後を戻る。やれ百万里、二百万里を駆け抜けたと豪語する悟空だが、じつは釈迦の掌の上をぐるりと周っただけであった。
孫悟空は驕り高ぶる人の子を、悟空が証拠にと名を書き残したことは弁証法や因果律をそれぞれたとえ、「釈迦の掌」とは数量と理屈が価値を裏付ける現世そのものを暗示している。その外を包む無限の来世があり、そこでは現世の法など毛ほどの重さもないことを知らなかったからこそ悟空は傍若無人な振る舞いができたのであろう。

日本の中で信仰の話をするのは極めて難しい。それだけ日本はセキュラリズムに侵されているといっていい。まがりなりにも神の存在を認めてきた西洋のほうがセキュラリズムからの脱却の余地があるのかもしれない。日本の場合は前編に記したように来世や神に関わる多くの霊的な概念を皇室神道に結び付けて玉砕した経緯があり、人々は「神」を否定をしないまでもそれを「自然」や「宇宙」と呼んでみたり、「心のよりどころ」などと定義してみたり、また地球外生命体に人類の救済を求めてみたり、とにかく直接認めたがらない。そこには歴史上で宗教戦争を繰り返してきた一神教に対する抵抗、暴利をむさぼる宗教団体への嫌悪、複雑になりすぎ解釈不可となった仏教からの逃避などさまざまな影響が垣間見れるが、いずれにしてもセキュラリズムが現世の周りに築いた塀があまりに高く、日本が「神」を直に見つめることが出来なくなったことに負う。我々がその塀の中でいくつもの手製の神を弄んでいることにもう気づかねばならない。

現世の中に閉じこもっていたのではその現世すら見えなくなるだろう。井の中の蛙が井戸とは何かを知らないのと同様、孫悟空が釈迦の掌の上を得意に駆け回っていたのと同様である。
生きているうちに現世から出ることは無理だが、現世のしがらみから意識を解き放ち現世を見つめなおすことは可能である。

生を受けて魂が宿ったその肉体が朽ちるまでの数十年の時、それが人ひとりにとっての現世である。国家が興り滅びるまでの一時代、それが一つの国の現世である。人が人としての営みを始めやがて地上から消滅するまでの間、それが人類のための現世である。ビッグバンに始まる時空の拡張が終結し、そしてもとの一点に再び集束するまでの時間、それが宇宙の現世である。つまり、意識が肉体や国や地球という媒体に宿ることで生まれる時を現世といい、その媒体が滅びるとともに必ず終わる刹那なるものである。現世での時を終えた人の魂は来世に迎えられ、来世での行き先が天国か地獄かは現世での行いが秤にかけられ裁かれる―多くの信仰で説かれるこのことを拒むかぎり、時が尽き果てるまでセキュラリズムに操られ続ける。セキュラリズムの語源saeculumの原義はやはり「時間」である。そして来世、そこでは時は流れない。日本の先祖はそれを常世(とこよ)と呼んで知っていた。時の流れがないことは「永遠」を意味する。



大海への通い路を絶たれた入り江の如く、来世から切り離された現世は淀み、穢れ、毒を放つ。その毒が時につれ濃さを増しこの酷すぎる現代に至った。
これはひとえに「カエサルの物はカエサルに、神の物は神に納めよ」として現世の善悪を現世の法で裁いてきたセキュラリズムの結果である。現世に生まれた事象の善悪の判断を、同じく現世生まれの科学と理論に頼っていては遠からず己の毒に毒されることになる。カエサルのものは神に還されなければならない。



参照

「自由」について  自由非自在 じゆうはじざいにあらず
            自在非自由 じざいはじゆうにあらず
「信仰」について  キライなことば―「信じる」
「時間」について  とき、とこ、ところ

セキュラリズム―刹那の現世主義 前編

セキュラリズム、「信仰―霊的な存在からの教え」に由来する思考から政治と社会契約上の判断を切り離すべしとする主義主張であり、いわゆる政教分離はこの産物である。一般には「世俗主義」と日本語訳されている。多民族、多宗教を抱えるインドなどがセキュラリズム国家と呼ばれる。

が、そこだけに着目していてはこのセキュラリズムの正体を見誤まる。その発生、背景、そして語源までを辿ればこの矛盾に満ちた「酷すぎる現代」の構造を見ることができる。日本は苦しい国である。それは日本が、日本人がセキュラリズムに染まったため、いっそ染まり切ってしまえばもはや苦痛を感じないだろう、いま日本人が覚える得体の知れない苦痛はセキュラリズムに憑依された部分とそうでない部分が引き裂かれる痛みである。たしかに現代は酷いが中世よりはマシ、いや現代は素晴らしいとお考えの方には尚のこと一読頂きたい。


セキュラリズム(英・secularism)の語源は中世教会ラテン語のsaeculumに遡る。今われわれが生きるこのかりそめの「現世」という意味にして、死後に往くであろうあの世「来世」の対義語である。社会・政治学でいう「世俗主義」とは実はライシテ(仏・laïcité)という「聖職者以外の人間」を意味するラテン語laicusに語源を持つ言葉に当てられた訳である。セキュラリズムの世俗主義という日本語訳は誤りであり正しくは「現世主義」とするべきである。

その場かぎりの至福に身をまかせる態度は「刹那的」などと呼ばれるが、「刹那」とは極々みじかい間のことである。人の一生は長いとも短いともいえよう、どちらにせよ世の営みという悠久を思えば瞬きほどに短い。ひとりにとっての現世はそんな刹那でしかない一生である。それをどのように生きようと世間に迷惑及ばねば「自由」とばかり好きに生き、来世などは自己責任、後は野となれ山となれ…誰も彼もがそう生きて死んだならば、どんな現世になるかは明白である。



セキュラリズムの前夜

暗黒時代の中世欧州、王権と結びついた教会勢力により社会は窒息する寸前であった。「地球」などと言い出せば異端審問をうけ火刑に処された。
天体を論ずるまでもなく教会にカンテラの灯りを点したというだけで「神の与えたもうた闇を侵した」罪を問われて投獄される。病気治療といえば司祭が聖水をかけるという程度、衛生観念に激しく欠けた環境にいて当然のごとく伝染病に罹った者と、その病を撒き散らす魔女の疑いがかけられた者は即ち炎に投じられた。

教会の審理が世の中を動かすことができたのも、ひとえに世の中の善悪・可否の判断がキリスト教に由来していたからである。いや、ただでさえ食うや食わずの民衆に敢えて読み書きすら与えぬ教会は世の判断力を一手に握っていたといえる。民衆はおろか王侯貴族でも教会の言葉を否定することは不可能だった。欧州では当然にこのような社会からの脱却が望まれ、そのためには「キリスト教」の束縛から逃れるしかないという結論に至る。契機となるのは仮想敵であり事実上の脅威でもあるイスラム勢力から流入した「科学」―古代ギリシア人の残した知的遺産を「神への冒涜」として焼き払ったキリスト教徒とは反対にムスリムが「神の賜れし叡智」として暖めた物理学や数学、哲学との再会である。欧州社会はコペルニクスからニュートンに至る数世紀を費やして(現代から考えれば恐ろしく長い時間だが当時の時間の流れはこのようなものであったのだろう)事象の可否を経験と因果性により論証するべきと結論し、判断を神学に委ねることから離れた。当初は激しい抵抗を見せた教会も次第にそれを認めこの流れは後のルネッサンス運動へと繫がることになる。

ここまではキリスト教会の暴力に喘ぐ欧州社会の切実な必要によるものとして一応受け取ることが出来る。しかしその先が悪かった。教会が科学と和解するためにはそれなりの見返りがあったはず、この運動を教会がなぜ受け入れたか。


まず教会が勢力を保てなくなっていた。重なる十字軍遠征の失敗とそれに伴う農村の荒廃、欧州の土から吸い上げるものは尽き、目はいやおうなしに外を向いていた。力学、数学、つまり戦争と増産の技術というものには総身が疼いた。現世に有用なことは教会にも魅力であった。

教会は何とか権威を維持しながら科学を社会に認める口実を聖書に求め、見出した。

イエスは言ひ給ひて曰く 『さらばカエサルの物はカエサルに、神の物は神に納めよ』 ルカの福音書 第20章25節


この世の富と繁栄、その所産の名声や権力も含めた物質的価値を「カエサルの物」になぞらえ、それは現世に納める(=帰属する)。対して神の御心に適うことで得る霊的・精神的価値は「神の物」であるとし来世に納める。それを互いに侵すことなかれ、福音からこういった解釈を導いた。
現世は神の領域に在らずとする大義名分、ここにあり。

本来のイエスの教えによれば、さらにモーゼもムハンマドも同じく説くところによれば現世を統治するのも人の子ではなく神である。それを無視している以上この引用は福音の意図的な悪用である。また現世とは来世(天国ないし地獄)のための修練の場でありこの二つの世界は最後の審判をはさんで確実に連続するという教えを知りながら、それを分断して現世と来世は並行して別々に存在するという思考へと人心を導いたのがセキュラリズムである。つまり、「神との別居」である。


そして夜明け

セキュラリズムという名が与えられたのは近代を迎えてからであるが、それに至るまでは特に形のある思想ではなく今も一言で定義するのは難しい。「神との別居」を目的としたあらゆる努力が神学者と科学者、聖と俗のそれぞれで行われた末に近代が生まれたとも言える。
まず13世紀の神学者トマス・アクィナスが神学の立場からセキュラリズムの土台ともいえる観念を引き出した。それによると創造主たる神の「永久の法」のなかに含まれる被造物たる人間が、その理性に由来する独自の「自然の法」を分有すると説いた。神中心の無限界の中に人間中心の領域を設けたのである。その領域では1+1が常に2であるように理論・視覚・経験の上で整然とした法、つまり科学や論理学に則る法則が求められた。そこでは科学と論理で証明できないものはその存在が認められない。よって神も存在しない。その領域の支配者は人間である。トマスによって科学は市民権を得たといえる。
トマスの後、イエズス会の「努力」で世界中に大学が設立された。科学、そして修辞学(言論・演説に関する学問)が広く学ばれ科学者と思想化が次々と輩出、ニュートン、カント、マルテス、マルクス、ダーヴィン、ウェーバー…科学者たちは神の領域を侵すことなく人間の領域の法を整える。そして思想家たちは神の干渉をうけずに「倫理」を確立、科学の擁護を展開した。
それが物質主義や合理主義、そして後に資本主義、個人主義、民主主義などと呼ばれるものと発展しセキュラリズムの遺伝子を世界に、未来に拡散した。

神を完全否定するアテイズム(=無神論)とは違い、セキュラリズムが敢えて神の領域と人の領域を分けたにとどまり神の存在を否定してはいないことに注意すべきである。これならば神の領域を侵さずに人の領域の運営に集中できることがひとつ。ふたつめに、信仰を科学に目覚めぬ暗黒時代の因習として軽視・蔑視の対象に据えることで人々を現世に没頭することへの罪の意識からほぼ開放したことを挙げられる。これは、「神の陳腐化」である。


対イスラーム戦略

「神との別居」の出発点がイスラームとの攻防であったことを先に記した。その後も欧州がなぜイスラームと敵対したかは、物質主義や合理主義、そして金利の理念がイスラームの教義に反するそのためにキリスト教徒がセキュラリズムを通して立ち上げた資本主義経済網を富の溢れる東方に拡大できなかったことに拠る。現世と来世が連続しているとする一神教本来の教義を強固に持ち続けていたイスラム教徒を「どうにかする」にはセキュラリズムを感染させるのが唯一にして最も効果がある、と欧州は悟った。

東ローマ帝国を滅亡させ十字軍を追い返し続けたオスマントルコ帝国がどのように解体されたかは過去の記事で触れたとおり帝国内の民族主義を煽られたことによる。その後にふたたびイスラームとしての統合や団結が叶わなかったのも、帝国から独立したアラブ諸国・バルカン諸国そして新生トルコ共和国に「世俗主義政府」がそれぞれ打ち立てられ政治の領域からイスラームが駆逐されたためである。およそ独立国としての技量にかける新生国を裏から無理に支えていたのはもちろんイスラームによる結束を阻む欧州である。
新生世俗国家の教育はセキュラリズムを徹底し、信仰ゆえに抵抗を見せる学生は冷遇され社会の下層に留まることが強いられる。そうして信仰が貧困と暗愚の象徴になる。逆に上層、とくに政治・司法・教育界に参入できるのは優等生として出世街道を進んだセキュラリストのみとなる。こうなれば自動的に「神との別居」と「神の陳腐化」が国家単位で進む。セキュラリズムの遺伝子からなる民主主義は「信教の自由」を高らかに謳うが、嘆かわしくはこの欺瞞に気づく者が無いに等しいことである。


日本とセキュラリズム

世界中の国々を資本主義経済の網に取り込むためにはその国ごとのセキュラリズムの移植が不可欠であり、もちろん日本も例外ではなかった。
黒船でやってきた西洋人の碧い目には日本人と別居させるべき信仰が何なのか不明瞭で、当の日本人も実はよく分かっていなかったことが予想できる。日本共同体の土台となっていたものはいわゆるキリスト教のように体系付けられた信仰ではなく、自然の摂理の向こうにある不可視な世界への漠然とした畏怖心であった。誰かひとりの不心得が疫病、ひでり、嵐、不作などを以って共同体全体に跳ね返るとし、そして子孫は現世で生きる場を失い、黄泉の国の先祖は苦しむ事になる、そういった意識であった。だからこそ潔斎して生きることを心がけ、生きる場である共同体、つまり現世を穢さぬよう勤めたのである。わが国でのは神道や仏教ですら根底のこの意識の上にただ腰掛けたものだったと考えられる。この様相は西洋人には簡単には理解できなかったのであろう、彼らに言わせればこれはある種の「倫理」であり「信仰」の定義からは外れている。

それでは日本にセキュラリズムはどのように入り込んだのか結果から検証する。
あくまで「巫(かむなぎ)」の頂として神の意思を政治に反映させる存在であった天皇が、大政奉還後、お雇い外人の書いた大日本帝国憲法により「現人神」として祀られたことの意味を考えてみなければならない。具現的な信仰の対象をもたない日本人の前に「神」としての天皇が降臨した。異国人に踏み込まれ動乱する国の中でそれは救世主のごとく鮮烈であり、それまでの日本に残る精神遺産―史観や風習や道徳観―の多くを天皇と神道に結びつけ、恭順し、寺は廃され、神社は祀神を変えられ、日本には天皇中心の社会が始動した。

もしかするとだが、「国家神道」はセキュラリズムを浸透させる目的で設計された信仰だった可能性がある。ためしに上の文を少々変えると次のようになる。

「あくまで「預言者」として神に預けられた言葉を人々に伝える存在であったイエスを、その昇天の後、使徒パウロが突然「神の御子」と宣言し、共通の信仰対象を持たない多神教徒の集まりであったローマ帝国市民に「神」としてのキリストが説かれた。ローマ人がそれまで多神教の神々に求めていたもの―救世主、大地母神、犠牲、再生―をキリスト教に結びつけ、熱狂し、ローマの神殿と神像は破壊され、地中海一帯にはキリスト教中心の社会が始動した。」

キリスト教がローマの国教に採択されたのはローマの政治支配と軍事力拡大を目指した民意の統制という背景がある。「国家神道」をキリスト教に、「天皇」をキリストに重ねればここに相似形を見出すことができる。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」との大日本帝国憲法による「法定」は四世紀のニカイア公会議にて「イエスは神の御子」であるという審理に基づく新約聖書と同じ臭いがする。彼ら西洋人は自らの歴史をよく識る者であり、それを外に対してどう利用するかを心得ている。

明治新政府が推し進めた殖産興業と富国強兵は国民に合理主義と物質主義、つまり近代思想を刷り込むことで成立した。そこで活躍したのが欧州で近代主義の洗礼を受け日本に啓蒙した知識人たちである。近代化の障害となる非合理な、されど古き良き在来の精神世界は知識人たちの罵詈雑言にて萎縮する。居場所を失った日本人としての生き方、日本人の意識や誇りは皇室という万世一系の神の系譜に集約される。その後は近代というものの中身を吟味する余地もなく、日本人のひたむきで疑うことを知らない気質が手伝い、追いつけ追い越せとばかり自らを駆り立てて近代化が進められたといっていい。忠孝心、愛国心、畏怖心、そういった意識は天皇とともに空高く舞い上がり、そして敗戦をうけて撃沈、昇天し現世から切り離された。そして現世は戦後という時代を迎えるが、そこに残るのはかつて知識人たちに因習そのものと定義された脱ぎ捨てる対象としての過去、そして輝ける近代思想に裏付けられた未来への期待であった。日本にはこうしてセキュラリズム=現世主義が定着した。疑いなく、我々は尊いものと引き裂かれた。

戦争やクーデターがおこり、国民が自失状態に陥った後などにセキュラリズムは浸透する。その効果を長続き、いや恒久化させるため、セキュラリズムは教育に埋め込まれるのが常である。
社会の細胞は個人である。個人の確立は「教育」と「教え」に作られた下地に実社会での経験が加わることで起こる。非道を働けばどうなるか、「教育」では法で裁かれ牢に繋がれると言い「教え」では神や仏に裁かれ地獄に落ちるとされる。「教え」つまり信仰を現世と絶縁させておけば地獄は不安材料にはならない。現世での不幸を「生き地獄」と比喩することはあるがそれは自分よりもむしろ他人の非道によることが多くやはり来世への畏れにはつながらない。ならば騙されるよりも騙すほうが得をする、もちろん現世での法の範囲では。また善行を行えば来世で天国へ迎えられるという教えよりも、善行の見返りには現世で名声や信用を得るとする教育が上に立つ。現世での罪への歯止めや善悪の根拠は「教育」へと傾き、そうした社会で経験しうるのは受けてきた教育の確認でしかない。この循環の中で来世は忘れ去られ、人の意識は有限な物質界である現世でのみ生きる。限りあるゆえに人は競い合い、奪い合い、騙し、謗り、罠と禍を仕掛け、傷つき、魂を穢し合う。しかし人はなぜかこの生き地獄を「自由」と呼ばされ崇めている。


セキュラリズムが世に与える苦痛とはなにか、なぜそこから脱却しなければいけないか、出来るのだろうか、そしてその術は、セキュラリズムと「自由」の関係は、それは次号後編に続けるとする。やや余談になるが以下に世間ではよく知られていながら議論には殆ど上らないことを記して前編を閉じたい。


GHQによって焼却処分されところであった靖国神社はローマ法王の口添えによりそれを間逃れている。こうして禍根としての靖国は残り、少しでもつついて揺さぶれば国論と国際世論を刺激し常に日本の外に利益をあたえる。現世の利益のためなら霊を来世から借用してでも悪用するというセキュラリズムならではの手法を以って、「靖国」は「エルサレム」と化した。禍根は残るものではなく、残すものである。

これでもアサドが好きですか?

アラブの春は情報戦争と化してしまった。とくにシリアは大国による二重、三重の情報操作に撹乱されたソーシャルメディアの利用者が趣味や娯楽と履き違えた論評を好き勝手に行い続けるのをよそに泥沼、いや血の海と成り果てた。
各国政府と大手メディア、人権団体と国連等国際機関の評価はアサドを断罪する動向、逆に市民の意思を代弁する(かのように誤解されている)ソーシャルメディアはアサドを支持している。

混乱を避けるために先に結論から書けば、この極悪非道の頂点にいるのは国際社会である。アサドは実行犯であり、国連やEUは悪事の黒幕の中に座していながらアサドを独裁者として非難している。国際社会とメディアの欺瞞に辟易している世界市民はマスコミに騙されるものかとの思いから逆説的にアサド擁護に走った。市民は「敵の敵は味方」という短絡した理論に嵌まったといえる。
裏の裏が表であるのはオセロ板の上の定石でしかない、そんな単純なことが解らなくなるほど人の心が摩滅していると、そう思わざるを得ない。


以前から「阿修羅」という投稿掲示板にこのブログの記事を投稿している。そこには「政治板」「原発板」など多くの選択肢がありどこに投稿するかを記事の内容によって選ぶのだが、筆者はめんどうくさいのでいつも「雑談板」にお世話になることにしている。でもたまに「戦争板」に投稿したりする。

上に記したことを指摘するため短い記事をブログに書かずに直接戦争板に投稿した。内容は、内戦の続くシリアでこの20日、国防軍の軍属の一人がアサドによる市民への非道を写真とともに告発したことについてである。その投稿文と映像のリンクを以下に転載する。続けてその投稿に寄せられた質問と意見への筆者の回答を、煩雑にならぬよう質問文は省略し細切れの回答文を編集し載せるものとする。
ただ、映像はやむなく添付したものであり、なるべくなら見ないことをお勧めしたい。残忍なものであるし、こういうものを見慣れてしまうことは確実に人間性を浪費させるからである。


これでもアサドが好きですか?

http://www.youtube.com/watch?v=c0S6rG6pelA
この罪悪を許すか許さないかは神の領域であり、人は関与できない。
しかし看過することは罪悪への供与であり、加担であり、同罪である。
日本ではなぜかシリアの殺人鬼バシャル・アサドの人気が高い。
それはアメリカへの敵意、イランへの同情心、プーチンへの憧れが入り混じることでおこる混迷であることを指摘した上で、日本人が陥った落とし穴であることを断言する。
この写真はシリアの従軍警察官の撮影した、シリア国防軍による拷問と飢餓により死亡したシリア市民である。罪の意識に耐え切れずに二年間にわたり写真を海外に流出させ保存したものであると報道されている。保存先は国連関連の研究所であり、当然国連の目にも二年前から触れていたことになる。

合成写真かどうか、好きなだけ議論するがいい。
反政府軍の自作自演であるかどうかを好きなだけ詮索するがいい。
反政府軍が空軍機で村を、町を爆撃できるかどうかを気の済むまで討論すればいい。

それでもアサドがすきですか?

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コメントありがとうございます。すべてにお答えできるよう、少々長くなりますがひとコマで書かせていただきます。
まず「アサドが好きですか?」という題ですが。

シリア問題に限らず中東問題に関しては日本はあまりに情報不足で、なにより石油の輸入以外にはほとんど無関係の地域での事件であるために事実を知る必要さえないのが現状です。しかし非道に対する怒りは当然存在し、そこで前に出るのは近代主義的な(西欧的な)正義感・倫理観による短絡した判断と経済先行型理論で、いくら中東情勢評論家たちが分析の真似事をしてどっちが正しい正しくないと書きたてようと、そこから生まれるのは結局「好きか・好きでないか」という程度の幼稚な議論です。「アサドが好きですか?」とやや恣意的な言葉を使ったのはそれに対する問題提起です。

アルカイダはイスラム原理主義とは何の関係もありません。ゴロツキどもを集めて銃を与え「神は偉大なり」と叫ばせているだけです。
原理主義とは危険思想保持者という意味で使われがちですが、本来「原形」という意味です。イスラム原理主義とは預言者ムハンマドの時代のイスラームであり、スンニもシーアも教義の上では差異はありませんでした。シーア派が定着した地域、古代ペルシアの多神教の土壌が後のシーア派の体質を創りました。
シリア内戦にあまり宗教色はありません。シーア・スンニの対立はあくまでイスラームの荒廃を狙う欧米の画策です。信仰とイデオロギーを取り違えた場合こういう罠にかかります。
アルカイダの存在理由など私が書くまでもありませんが、要はアルカイダの行動が確認された地域には米軍が、国連軍が、NATO軍が侵攻する権利が発生してしまうわけです。こんな便利な組織があるでしょうか。

シリアに欧米が攻撃できなかった理由は、トルコのエルドアン首相が空爆を阻止するため徹底的に反対したからです。トルコが陸軍を出すから空爆するな、と。こうして欧米多国籍軍による無人爆撃機の無差別攻撃は出る幕を失いトルコも陸軍を出せなくなりました。陸軍が出ることで内情が表沙汰になると困るのは虐殺を繰り返すアサド、そして黒幕の欧米です。

アサドの父、ハフィズ・アサドはソ連に教育・援助された独裁者です。クーデター、検閲、拷問、虐殺に関する技術をソ連から授与されました。そして一方で英国と繋がり立場を強化し世俗国家シリアを独裁しました。それに反抗するムスリム同朋団を一掃するために1982年、父アサドは暴動を扇動し数万人の自国民を虐殺しました。それ以来のシリアは緩い世俗国家として国民は比較的「自由」に生きてきましたがその実は厳しい監視・密告・情報規制社会に怯えていました。政府批判をしようものなら即投獄です。アサドが国民の支持を受けているという解釈はここに根源を持ちます。支持者とはアサドが怖くて批判が出来ないか、イスラームを捨てて自由享楽に浸って生きることを選んだかのどちらかです。

アサドを支持するかしないかはシリア国民が決めること、そのとおりです。しかしこれは内戦が始まる前までの話です。逮捕者に食料を与えず、拷問を加え、餓死するまで放置する。この手口を看過するか、しないかはシリアだけの問題ではありません。

リビアの春がシリアに飛び火したのはアルカイダの工作です。もちろんアサド政権も反政府組織のあぶり出しの好機として喜んで活用しました。地下活動を続けていたムスリム同朋団とそれに近い組織は否応なく決起します。そこへ、近隣国の支援を得たゲリラ組織が蝿のようにたかり出し内戦と化しました。反政府ゲリラを捕まえてみたら外国人の傭兵だったなどの理由はこのあたりで、これがアサド政権を正当化するために利用されています。

昨年のいわゆるトルコの春はエルドアン政権を憎む欧米の画策でしたが失敗に終わりました。失敗の理由はいろいろありますが、一番はエルドアン首相の背筋が曲がっていないこと、そしてトルコ国民の愚民化がまだ足りなかったこと、欧米の手先の野党があまりに無能だったことが挙げられます。
エルドアン首相はシリア国民を援護し、難民を数十万人トルコに受け入れ、またトルコの非政府組織も物資の供給などの援助を繰り返しています。ただしシリアとは800キロの国境線を共有しており自国民をアサド政権およびその息のかかったゲリラから守る義務から防衛活動も当然行います。それを指して「トルコとシリアは戦争状態」というのはあまりにぬるい表現としか言えません。日本はそんなに平和なのですか?

アサドの抱える国防軍が攻撃しているのは罪のない市民です。イスラエルがゴラン高原に侵攻した際に土地を失ったパレスチナ難民がシリアにおり、彼らも攻撃の的になり、食料が届かず、骨と皮だけになって死んでいった子供たちが大勢います。転載した映像も、その対象となったのは一人や二人ではなく一万一千人であり今この瞬間も虐待が続いています。これがシリアの春といわれるものです。
欧米主導の新世界体制が築かれているのは中東も極東も同じです。中東は対岸の火事ではありません。

アサドと国が一丸となってシオニストと戦わなければならないときに自国の力を減らし、自国民を殺して何のメリットがあるのかという問いについてお答えします。
まず、アサドはシリア人でありイスラム教徒という建前ですが、彼はイスラームに対する敬意も信仰心も少しも持ち合わせていません。またシリアという国、そして国民は私物として認識しています。アサド自身がシオニストであるかどうかは確認のしようがありません。が、おそらくそうでないとしてもシオニストたちの画策に加担し中東での権威拡大の好機を狙って漁夫の利を得ようとしていることは確かです。シオニストたちはイスラームの崩壊を切望しています。しかし信仰心のないアサドにしてみればそれはどうでもいいことです。中東は国という枠組みでは何一つ動きません。

アサド側の国防軍は市民ではありません。アサドの命令でいかなる行動でもとるように訓練されています。シーア・アレヴィー派であるという(教義ではなくあくまで)血縁的な縛りもあります。また特権階級であり一般市民のことは動物同様に考えています。

皆様の最大の誤解を指摘させていただきます。

反政府軍は反政府連合ではありません。それぞれ意識の違う小さなゲリラの複数形でしかなく、共謀も同盟もありません。数の上で一番多いのはアルカイダに代表されるプロパガンダ組織であり、無差別な破壊行為を行いその映像がソーシャルメディアを介して世界中に配信され、「アサドの愛する国家と国民」が外国勢力から無体な攻撃を受けているとのプロパガンダを信じ込んだ人々がアサド擁護をしています。あなたのことです。
また、一般市民はただの巻き添えであり反政府組織との混同は厳禁です。政府軍の空軍機からの爆撃により市街は壊滅し生活基盤を失い、救援もなく、彼らはただ飢えに苦しみ餓死と背中合わせで暮らしています。

「アッラーフ・アクバル=神は偉大なり」はアラブ系の人々の一日のうちでもっとも多用する言葉です。いいにつけ、悪いにつけ、とにかくこの声を発します。映像の中で反政府軍がアッラーフ・アクバルとしか発していない(ように聞こえる)のは非シリア人であるために言葉がわからないからではありません。シリア人の言語はアラビア語であり、中東の殆どの人種が使うのがこのアラビア語であり、たとえばリビアから、チュニジアから、サウジから流れ込んだプロパガンダ組織のゴロツキどもも信仰心とは無関係にアッラーフ・アクバルといい続けます。もちろんイスラム教徒の残忍さを強調するために「アッラー」と叫びながら暴行を繰り返す映像を意図的に撮影したでしょうし、実際流通しています。逆に政府軍と見られる男が市民の頭に銃をつきつけアサドの肖像に接吻させる映像もあります。なんでそんなものわざわざ撮影してソーシャルメディアに流すか考えれば簡単です。情報戦争において映像は撹乱でしかないということを皆が気づくべきです。


反政府軍に子供を殺され政府軍に助けをを求めるという女性のアラビア語と字幕の英語や日本語との整合性を考えたことがおありでしょうか?
米国という国は国家予算を投じて映像技術やマインドコントロールや集団煽動術を研究していることをお忘れなく。

シリア軍に限らず、どの国の軍部にも反政府体制が潜んでいるのが普通です。それに発破をかけるのは海外からの協力者です。また、世界の多くの軍国政府は自国の軍部を制御するのに手を焼いていますが、こうした造反を反政府的思想保持者を一掃する好機として使うことがよくあります。自由シリア軍は国防軍からの離反者たちが結成しましたが、その時期は欧米がリビアに介入し終結に向かった頃です。「アラブの春」自体が西欧の画策した中東新体制構築の一環であることを考えれば自由シリア軍の結成もまた西欧が一枚も二枚も噛んでいたことの現われです。
自由シリア軍の構成員の信条(愛国心・信仰心)とその結束力はどれほど硬いものかは疑問です。アサドが離反者を許すなどということは皆無です。

シリアの惨状は昨日今日の話ではありません。そして国際社会はそれをを「知っていた」のです。少なくとも、写真流失がはじまったとされる二年前からこの拷問、餓死、遺体への辱めの事実は国連をはじめとする国際機関は知っていながら見ない不利をしているのです。国連が人道と国際平和のために作られた機関であるなどということをいまさら信じる人もいませんが、この社会は写真等物的証拠とそれを審議する司法機関、そしてそれにお墨付きを与える国連の縛りから抜け出せないのです。そして国連をはじめとする国際的に法権威を持つ機関は英米イスラエルの手にあります。

写真を撮影させたのはアサドです。流出させたのもアサドかも知れません。逆らえばこうなる、との暗喩かもしれません。

アフリカで飢餓に苦しむ子供たちの写真は見慣れてしまいました。こうして拷問死したイスラム教徒の写真も見慣れてゆくでしょう。ソーシャルメディアを通して共有される画像は捏造であろうとなかろうとその残忍さだけは変わりません。そうして国際社会は残虐・非道に「不感症」になり行くでしょう。もっと近いところでこの非道を目の当たりにしても正視できてしまうでしょう。しかし人間ですから潜在意識の中に恐怖は残ります。その恐怖心を刺激されることで、われわれはより制御されやすくなるでしょう。
しかしその状況から目を背けることはもう不可能です。心して見るべきだということを申し上げる次第です。

化学兵器は何だったのか。化学兵器は使用され、市民が被害を受け、国際社会が騒ぎ立て、化学兵器は残忍だが普通の爆弾は残忍ではないのかという議論には決してならず、他国が処理費用を負担してアサドがその費用を丸儲けしました。


国民も国の行く末も糞食らえで、国家シリアとしての権威拡大などは鼻から眼中になどないでしょう。アサドがシリアという国を母国とも何だとも意識してないからです。アサドは新世界体制というものに意識を移し、つまり中東一帯の地図は西欧の手によって一新され、その舞台の上で何らかのおこぼれ(=漁夫の利)を頂戴するぐらいしか考えていないでしょう。ロシアと組んで起死回生を狙っているとは考えにくいです。

子供を失った母親ほど不幸な存在はないでしょう。それにあれこれ注釈をつけるのは私自身も気が引けますが、その心理も利用されています。映像班は必ず母親を利用するのです。ただ例の母親は間違いなくアサド支持層の裕福な世俗家庭の女性です。それ以外は何も申せません。

カダフィーは見せしめお為に殺されました。彼は元は英国のエージェントでありそこはアサドと似ています。カダフィーの場合とちゅうで覚醒して国家主義に転換したためにああいった最後を遂げました。アサドも英国で養育を受けています。
シリア転覆を狙い行動を起こしている組織の多くはのはシリアの明日のために戦っているわけではありません。それぞれの利益のため、あるいは傭兵としてです。ただその中にイスラム同胞団のように強固な信条の元に戦う集団もあるので、それが事を複雑にしてしまっているのが現状です。
「アラブの春」の指揮者である西欧は混沌を、そしてその混沌の末に西欧主導の新体制を築くことを求めています。アサドがどうのといっている場合ではないのです。


BBCやCNNしか情報源がないのであればいっそ見ないほうがよいでしょう。
「信用にたりる情報源」、そんなものはどこにもないのかもしれません。昨日まで全うな報道をしていた局が明日にはひそかに買収されることなど日常茶飯事になりました。さらにソーシャルメディアなどは自分に似た意見の持ち主との馴れ合いの場であり、さらに実は電網の持ち主である英米に洗脳されるための道具でしかないことを、私はもうずいぶん前から指摘しています。
質問をいただいた、「詳しいブログ」などというものも所詮は執筆者の主観の範囲を出ませんし、私の意見もその一つに過ぎません。私の意見が絶対正しいなどとも申して降りませんし、それは誰にもできないことです。

事実を知り得るのはもはや神のみです。しかし皆さん、どうか事件の行間を読む訓練をなさってください。目の前に突きつけられた映像も、写真も、その裏にはあらゆる意図が隠れています。異なる情報をいくつか並べてみれば、運がよければ何かがわかるかもしれません。そのためには偏見や利己を捨てていかなければなりません。今のままではみすみすメディアの食い物になり新世界体制の歯車にされるのが関の山、次世代にひどい世界しか残せないことになります。それを食い止める必要があると主張しているのです。


次元の低いコメント応酬はまだ続いている。http://www.asyura2.com/13/warb12/msg/371.html

英国流「漁夫の利」


「アラブの春」が西欧によって書かれた台本に沿って進行していることをこのブログで再三指摘してきた。民主化から取り残された市民が国家の主権を得るために戦う「聖戦」であるかのようにメディアにより描かれた一連の抗議行動を「春」などと呼ばされているが、それが如何に狡猾に設計されたものであるかを今回、あらためて遠巻きに眺めてみることにする。



大航海時代の覇王であり、産業革命の旗手であり、第一次大戦の連合軍筆頭であり、国際連盟常任理事国であった国、冷たい海に浮かぶろくに資源もない小さな島国でありながら常に世界の頂点にあるのは「英国」である。いったいどういう頭脳をしているのかは知らないが、とにかくこの国の手段は人間業とは思えない。まず他国の内側に墨の如く染み入り人心を惑わして均衡を崩す。その混乱に乗じてその国の体制を作り変える。そのときに恨みと争いの火薬を綿密に仕込んでおくことを忘れず、時が来れば発火させて煽りたて内戦や紛争を起こす。しかもこの火薬は自らの手を汚さずに何度でも激しさを増しながら繰り返し燃え上がらせることができる。もちろん英国の描いた世界設計図に合うように、的確にである。英国が戦争で大暴れをすることはなく、また積極外交もしない。知恵を使って座りしままに漁夫に利を得るのがこの国流である。


中世も終わる頃、航海技術の進歩から世界の「かたち」が認識されるようになった。農業生産中心の自国経済に限界を見出しアジアや南米・アフリカ大陸からの搾取を前提とする貿易経済に移行した西欧は、さらに国外から安価で仕入れた材料で工業生産を行う形で発展を図った。産業革命である。そのための労働者は国内にいくらでもいた。産業が拡張するに従い徐々に需要が増したのが資源である。

西欧世界の資源庫はまずアフリカが挙げられる。必定、アフリカは次々と西欧列強に征服される運命をたどる。しかし欧州からもっと近いところに石油も石炭もうなるほど隠されていた。イラク、シリア、エジプト、アラビア半島、北アフリカ…どれもオスマントルコ帝国の版図にあった。


第一次世界大戦の場合、「バルカン半島の民族自決の擁護」がこの戦争を正当化する材料であり「サラエボ事件」が大戦の発端となった。言うまでもなくこれは戦争を起こすための名目でしかない。
「ヨーロッパの火薬庫」という20世紀初頭のバルカン半島を形容したこの言葉はあまりに有名である。オスマントルコ帝国の領土であったこの地域に共存していた多様な民族は18世紀の終わりからすこしづつその手を振り切り、「民族自決」を合言葉にそれぞれの国土を主張し第一次大戦前までに小さな王朝がいくつも誕生した。大国の狭間でどれも国家として成立する力のないほどの小国をわざわざ生み出し、その後ろで西欧は民族間の緊張を高めようと画策し、満を持してセルビア青年に武器を与えオーストリア-ハンガリー王国皇太子を手にかけるというサラエボ事件を起こした。自ら仕掛けた火薬庫にこうして火を放った。

(じつはサラエボ事件の前に日本で似たような騒動があった。「大津事件」である。来日していたロシアの皇太子(後のニコライ二世)が日本人巡査に切りつけられ負傷したこの事件だがロシアとの戦争には発展しなかった。不成功におわったとしてもこれが英国の差し金によるロシア挑発だったとすれば、血の日曜日も日露戦争ももっと早く起こっていたかもしれない。)


結果からいえばオスマントルコ帝国は第一次世界大戦に臨みドイツ・オーストリア側にについて敗戦し割譲を受ける。トルコの領土はアナトリア半島と呼ばれる一帯のみを残し、旧オスマントルコ帝国の領土からは20カ国にのぼる大量の独立国が誕生する。「イスラーム」という一つの共同体意識のもと、異人種、異民族、異言語という壁を壁ともせずに栄えていた帝国を内側から焚きつけるための火種、それは「民族自決」の一言であった。


敗戦国は戦後処理の名の下に、戦勝国の監視により国家体制の作り替えを強制される。中世であればただ属州とされる所だが近代の理屈ではそうも行かない。すでに通信が発達したこの時代、露骨な侵略支配を行えば当事国以外にも評価が残り後の時代まで侵略国の汚名を背負うであろうことはすでに理解されていた。ここで国際世論にも、そして後の歴史認識にも有無を言わせないための大義名分を打ち立てることが提案された。そこで1920年に国際秩序の監視役として正式に誕生した組織こそ国際連盟である。表向きは「国際紛争の平和的解決と国際協力のための機関」、その実は西欧中心の新世界秩序を正当化するための国際会議である。

常任理事国は英・仏・伊、そして日本であった。有史以来地中海世界と接触が皆無である日本をわざわざ参入させたのは理事会の中立性を演出する茶番といえる。第一次世界大戦の目的と連盟樹立の意義はこのトルコ割譲であった。

トルコが連合軍に突きつけられた新国家体制とは、

1. 帝国という旧態依然とした枠組みを廃止して周辺の資源地帯を手放し
2. 政治からイスラームを払拭し旧領の独立国との結束を捨て
3. 西欧寄りの世俗国家としての道を行き西欧の政治・経済・軍事に寄与する

これが大筋である。これに背けば連盟から非難を受け、将来にわたり国際条約を締結する折に何もかも不利にはたらく。連盟も、その後の連合もただの巨大な権威組織であり国際平和などは夢にも思わない。


イスラームとは信仰という枠の中にはとどまらず、生活と社会の規範としての重要な役割があった。イスラム帝国であるオスマントルコの領内の政治経済その他全ての規約はクルアーンに基づくイスラム法によるものであり、それぞれ異なる言語と歴史を持つ多様な民族を抱えながらも帝国の内部の均衡はイスラームの屋根の下にしかと保たれていた。異教徒は人頭税を納めることで帝国市民権を得られ兵役は免除されていた。
英国は19世紀初頭からしきりに民族自決を囁き資源地帯の属州をトルコから精神的に遠ざけようと画策していた。それが功を奏してアラビア半島、北アフリカ一帯の造反があいついで帝国はほころび始め、大戦勃発までに混乱は明らかなものとなった。帝国から独立を果たした資源地帯の国々は以下のとおり、モロッコ、アルジェリア、リビア、チュニジア、エジプト、パレスチナ、サウジアラビア、アラブ首長国、イエメン、バーレーン、クウェート、カタール、イラク、シリア、レバノン、ヨルダン、西欧の手口が巧妙と言わざる得ないのは、見事なほどちりじりばらばらに独立させたところにある。この国々は現代も近隣国と協力関係を築くことより目先の利益から欧米の指人形として働くことを選ぶ。エジプトでは英国委任統治時代にオスマントルコへの帰属か英国の統治を継続するかを巡り市民投票が行われたが、西欧化を求めるだろうと踏んでいた英国の算段を裏切りエジプト市民の大多数はトルコ帰属を選択した。こうした想定外の事件には「市民に教育が足りないので選挙無効」という処理法も持ち合わせていた。2012年のエジプトでの大統領選挙を無効にしたあの事件は実は英国のお家芸であった。


さらに、帝国の解体後に新生国家郡が再びイスラム連合として結束することを危惧した英国はイスラームの最高指導者であるカリフを廃して国外に追放した。カリフとは預言者の代理人、言うなればカトリック世界のローマ法王にあたる聖職であり、帝国誕生以来首都のイスタンブールに座し世界のスンニ派イスラム教社会の信仰生活と政治の指針を担っていた。イスラム世界はこうして求心力を失うことで迷走し、それが今日のイスラム社会の諸問題の原因となった。

いかに敗戦国といえど西欧にここまでの無体を受けてなおトルコは西欧化と世俗化を受け入れるのだろうか、それが受け入れたのである。巧妙な仕掛けは尽きない。

(オスマントルコ帝国と日本とは少しも関わりがない。しかし少なからず西欧というものに疑いの目を持つ方々には、これまでの話しが開国と敗戦という日本の被った二度の痛手と妙に共通するところがあることは感じていただけると存じる。)

歴史の授業では「セーブル条約」なるものも習う。1920年に連合国とオスマントルコとの間で交わされた戦後処理条約であるが、それによればトルコはアンカラ周辺の狭小な地域のみの領有を認められたとある。トルコ人が嘆き、怒り、失望に陥る中で一人の軍人が彗星の如く現れ、ギリシア駐屯軍を蹴散らしてイズミルを奪還し一気に共和政府を樹立し初代大統領を名乗った。そしてセーブル条約からたった三年でトルコは旧態依然とした帝国から見事民主化を果たしたと連盟に評価され「ローザンヌ条約」を締結、それにより現在の国境線まで国土を回復したとある。その軍人とは建国の父と謳われるケマル・アタテュルクである。

だがセーブル条約などはどこにも存在しない。英国はロシアで確立しつつあった共産圏に対する緩衝地帯としてトルコを温存したかった。しかし西欧へのトルコの国民感情は最悪でありその反動からロシアに靡くことを懸念したため、黒海沿岸と東部トルコをロシアに与えて残りの海岸線地帯を英・仏・伊が割拠するという戦後処理案をちらつかせたのみであった。つまり「脅し」をかけトルコが西欧への仲間入りを泣いて懇願するように仕向けたのである。現代のトルコの領土は最初から英国の描いた国境線の中にある。架空セーブル条約は将来トルコ軍部が国内向けにおおいに利用した。
「セーブル条約」を信じたトルコ国民は死刑宣告に近い悪夢を見た。それを西洋人の目の前で破り捨てたとされるアタテュルクに対し国民はこの世が終わる日まで感謝を捧げ続けなければならないような錯覚に囚われた。アタテュルクは死後にいわば神格化され、彼のその遺志を継いだとされる「ケマリスト」たちの専横がはじまった。西欧の属国として「民主主義世俗国家トルコ」を作る傍ら国内の民族間の不協和音を指揮した。クルド民族のテロ問題は民族問題などではない。テロさえあれば失業しない軍部と、民族問題さえあれば民族主義の風を吹かせて国を牛耳ることができるケマリストと、ケマリストさえいればトルコを属国として扱える英国の共有財産である。


はたしてその火薬とは、ただの民族意識を敵対の道具に仕立て上げた「民族主義」である。


人種とは肌の色に代表される生物学的な括りである。さらにそれを言語、信仰、国境、記憶などの細かい括りで別けたものを「民族」と呼んでいる。
人間の遺伝子情報を俯瞰すれば民族間の差異などはじつに僅かなもの、いや皆無といえる場合もある。しかし人種と民族の違いに由来する争いは絶えることがない。人種による差別はやや前時代的なものになったとしても「民族」の問題は逆に加速をみせている。そうさせているのはその僅かな違いではない。



幼い頃、子供たちの間には罪のない差別と支配がそこらじゅうにあった。好きな歌手が違うから、着ている服が変わっているから、大人びているから、特技があるから、とにかく虫が好かないから、と、言い出せばきりがないが自分たちとは何かどこかが違う少数派を差別し、多少なりとも攻撃した経験が誰にでもある。あるいは逆の記憶もあるだろう。子供たちの社会で起こる現象は自然にちかい。ならば人の中には差別という自然が備わっていると言ってもいい。
ではなぜ差別をしてしまうか、それはひとえに保身のためである。自分たちにない特徴を持つものと行動を共にすると厄介なことになる、あるいは損をする。その日までに築いた自分らなりの規律や価値観を壊される、だから異分子を受け入れたくない。これこそ「虫が好かない」の構造である。生存圏を維持するための本能のようなものであり、差別そのものに罪はない。

幼い兄弟がいるとする。兄は弟のおやつをよこせと言い、弟が作りかけた積み木の塔を横取りして作り変え、一緒に遊ぶときもどう遊ぶかを指示して従わせる。これは強い方が弱い方に対して抱く支配欲求である。親(特に母親)と子、夫婦、友人、教師と生徒、どちらが強者であるかはその都度かわりえるが、支配欲というものは人が出くわすあらゆる関係のなかで必ず頭をもたげる。これもまた人の中の自然である。人が生存圏の拡大と充実を無意識に求めるために起こる。

しかし差別心も支配欲も相手の存在を認めることで鎖につなぐことができる。相手の持つ自分との違いを魅力と認識できるようになれば状況は大きく変わる。
そのためにはお互いが人として成長するか、または心ある大人に諭されるかを待たなければならない。

差別も支配も源とするのは利己である。人が生まれながらにして利己であることは昔も今もかわらない。しかし人がみな利己を貫いたのでは草生えぬ土地となり子や孫たちが生きる場所を失うことを、時代とともに学びあらゆる形で戒めてきた。それが人である。利己と戦い、躾け、他者との共存を模索してきた。ときに成功し、ときには不毛の荒野に墓標すら残らない。それが人の世である。

もともと利己な人々が集団で生きるために従わなければならない規範、古代においてそれは信仰であった。神の怒りを恐れることで自らを律し、神の報いを期待して善行をおこない、神との繋がりのなかで集団の価値世界を築いた。その世界を共有したものが「民族」の始まりである。
民族は分裂と融合を繰り返し、移動し、互いに価値を認め合えない異民族を蹴散らし、あるいは圧力をけ、反抗する者を抹殺した。恭順する者を支配した。支配を逃れて新天地を目指した。民族の生存圏を維持し拡大するための行動の軌跡が歴史である。
時代は降り、神に代わり或いは神の名において人を従えたのが国である。法に書かれた罪と罰の規範の中で人は否が応でも利己を抑えて国を共有した。軍事・経済・政治の面から強大な帝国に多民族が専制的に統括されることで戦争の起こりにくい時代を築いたこともあった。それがローマであり清であり、オスマントルコであった。規模は異なるがムガール帝国も江戸時代の日本もそうであった。

こうして眺めれば「人」と「民族」は相似の関係にあることがよくわかる。すなわち民族間の差別や支配も「利己」を源としている。一つの民族の中の個々が所属する共同体の価値と利益のために他の民族を疎外し、嫌悪し、あるいは利用して支配する。その構造の利用法を「民族主義」として開発したのが英国、それを煽り立て起きない戦争を起こしてきた。ローマは古いのでともかくとして、清もオスマントルコもインドも江戸幕府も英国にしてやられたではないか。

英国は外交の表舞台から姿を隠した。かわりに饒舌になったのが米国とイスラエルだが同じこと、鵜にくくりつけた縄を引くのは未だに英国である。

民族自決という美辞により独立建国を果たした国をみれば今、スンニ派が大多数をしめる国にシーア派の支配者がいる。シリアがそうである。その逆はバーレーンである。それぞれ他民族の住む複数の地域を無理に国としてまとめられたのはイラクである。虐殺の記憶の中で民族同士が敵視しあう国がある。ソマリア、ウガンダ、旧ユーゴ、パレスチナである。遠隔操作の爆弾を抱えさせられ主権も主張もできない国に自決も何もあったものではない。

政教分離という麗句は民族問題の解決策のひとつかのように聞こえるがどうだろう。特定の信仰・宗派が優遇されないためとされるこの政策は非キリスト教国の悪夢であった。これにより教育と風習から信仰心が叩き出された。結果として英国を背後に持つ世俗主義者の手に政治を受け渡すことになった。エジプトが、シリアが、チュニジアが、湾岸諸国が、その他西欧に支配を受けた全ての地域がそうである。

このような国々では日々、西欧の資金と入れ知恵で抗議集会や暴動が起こされ西欧から好かれない分子は現地の軍部に一掃される。時に起こる大虐殺をには自決権のある独立国に対し外から干渉することはできないと目をつぶり、そうかと思えば別の国には人道人道と叫びながら空軍がミサイルを撒き火事場泥棒を働く。
民族自決を謳った当事者はいま「グローバル化」と称して世界を均一に扱うことを標榜している。グローバルな世界には民族も信仰も言語も記憶も何もない。人はただの労働者と消費者であり、人と人との間には貨幣と物質の交換の他の何もない。こんな連中のいうことを鵜呑みにしていては明日はない。

さて日本、近隣国との中がこじれた経緯は近代史にきざまれている。どの悲劇も遡れば英国に行き着く。

恨みの記憶、言葉と思想の違い、人がみな生まれつき背負うもの、それを火薬たらしめる者たちから死守しなければならない。手を変え品を変え近づく卑怯者どもに隙を与えてはならない、そのためには近代から戦後にかけ英国とその弟子たちから教えられた全てのことをいまいちど吟味すべきである。わが子たちに火薬を背負わせ火の中に歩ませてはいけない。

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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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