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時計は夜まわる

最近は何かと重苦しい記事が多かったので反省してドリフな記事など。

いかりや長介扮する「母ちゃん」と残りのメンバーによる「悪ガキども」、こんなドリフのコントを覚えておられるだろうか。
戦後の東京の家屋を思わせるセットのなかでの母子劇。何度も同じような筋書きのコントを見せられるのだがこれをワンパターンなどと言ってはならない。歌舞伎の「様式美」に通じるものとぜひ理解していただきたい。


子供時代、ドリフのネタとともに明け暮れしたの筆者のお気に入りの一つが、この母ちゃんコントの時計ネタである。


いかりや 「さあもう晩いんだからさっさと寝てちょうだい、ほらほら。」

子供たちは母ちゃんにどやしつけられてしぶしぶと布団に入る。しばらくはあれこれと喋る子供たちだがもう一度叱られてしずかになり、末っ子の志村けんの他はねむってしまう。母ちゃんも就寝。

志村けん 「なんだか寝れねえなあ、こええなあ。」

見るからに手入れされてないあばら家、ユーレイが出てきそうな風情。足音や水音がするがもちろん志村にしか聞こえない。会場が喜ぶ。

志村けん 「母ちゃん、起きてよ。」
いかりや 「なんだよもお、うるっさいねえ。」
志村けん 「なんかがいるよ、おっかねえよ。」
いかりや 「バカ言ってないで寝るんだよ、ほらっ。」

一発はたかれる志村。母ちゃん布団をかぶる。
ボーンボーンと柱時計の鐘が鳴った。志村がびくりとしてそっちを見ると、なんと時計が柱に沿って上下に動いているではないか、志村まっさお。

志村けん 「わあー母ちゃーん!起きてっ!」
いかりや 「あー、もーいいかげんにしとくれっ!なんだよ一体!」
志村けん 「ととと、時計がうごいたっ!」
いかりや 「時計はうごくんだよこの馬鹿っ!」

うける会場。筆者もケタケタと笑ったのを覚えている。

加藤、ほか「るっさいなあもう、寝てらんないよお」
いかりや 「さあほらくだらないこと言ってないでもう寝るんだよ、ったく馬鹿なんだから。」

他のだれにも起きないことが、志村にだけ起こるのだ。「馬鹿」の運命である。
一同また布団に入るが志村だけはどうしても眠れない。
と、またボーンと時計が鳴り出す。何かが起こると察した会場から笑いがもれる。
志村がおそるおそる時計のほうを見やると今度は時計の本体が柱を背にぐるぐると回りだした。

志村けん 「わーっ!!!大変だ!母ちゃん、時計がまわったよーっ!」
いかりや 「時計はまわるんだよこのやろう!」

母ちゃんの格好をしているがすっかり男に戻ってる長さん。もう最高である。


この時計ネタがなんでこんなに面白いのか。
いかりや、志村ともに正しいことを言っているのに話がすれちがい「馬鹿」であるゆえに志村が一方的に殴られるというところが笑いをさそう。
二人とも正しいのに話がすれ違うのは、それは日本語の特徴によるものだ。機会仕掛けのものをやや擬人化してしまう傾向が日本語にはある。

うごく、まわる、この二つとも能動態の自動詞である。あたかも時計は自分からうごいているような表現だが、実際は振子かゼンマイ、あるいは電池によって動かされて、まわされている。そう、時計が自らの意思で動くはずないのだ。その時計が「予期せぬ動き」をしたのを見た志村は恐怖するが、「常識者」のいかりやは時計が「常識的な動き」をしたと思い込んでおり、動くから何だ、と怒り出したのだ。

しかしこの「常識者」はどう贔屓目に見てもおっさんなのに母ちゃんの格好をしており、しかもこのやろう、ばかやろう口調ときている、もう滅茶苦茶である。
視聴者もこの無茶苦茶加減が好きでたまらない。

「口がわるい」などの理由でドリフは教育委員会やPTAに目の敵にされていた。
しかしこのように日本語の特徴を駆使して子供の心を引き付ける能力は学校にはない。味気のない日本語で行われる退屈な授業で子供たちを飽きさせるのが、学校のやってきた、いまでも続けていることだろう。
常識者(いかりや)はしまいには馬鹿なやつ(志村)の被害者になる。普段、常識という箍にはまらずにはいられない視聴者は、もちろん子供たちも含むが、ドリフを楽しむことでこうして常識者たちにひそかに仕返しをしていたのではないだろうか。

最後はもう志村一人がどつかれるだけでは済まない。障子が破けて無数の手が出てきたり、天井からヤカンだのタライだのが落ちてきて阿鼻叫喚、わー、ぎゃーと叫びながら家の中を全員が逃げ回るが最後はその家が倒壊して舞台は回り、アイドル歌手の歌唱に移る。さあ今のうちにトイレ。
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ニンニキ西遊記 蛇足

あれこれと題した以上はもうすこし書いてみたい。
知らない方、よく覚えていない方のために配役を記しておきたい。
長さんの三蔵法師、志村けんの孫悟空、仲本工事の裟悟浄、ブーちゃんの猪八戒、ここまではいわゆる西遊記のメインキャラクターである。

だが常人の発想を超えた存在があった。
カトちゃんの持ち芸のひとつ、はげ親父の姿(ダボシャツ、ステテコ、首から下げた守り札、はげヅラ)で登場し、酒ばかり飲んでなぜか三蔵一行にくっついてくるというかつて類を見ない無関係キャラ、その名もカトーだ。

kato.jpg


原作に出てこないなどというのは言うまでもない。酔ってくだをまいたり敵の妖怪にからんだり、たまにピンクのライトで「ちょっとだけよ~」とか「あんたも好きね~」といったおなじみのネタを披露するだけの役である。
おい子供番組だろう!だの、おい西遊記だろう?などと言っている場合ではなく、もうカトーの存在をありがたく受け入れるしか術はなかった。同じ頃に「モンキーマジック」という堺正明主演の実写の西遊記が放送されていた。夏目雅子や西田敏行という素晴らしいキャストがそろっていたいたにもかかわらずそっちのほうは何故かどうしても物足りなかったという記憶があるが、それはおそらくカトーに匹敵する登場人物がなかったからではないかと睨んでいる。

ニンニキ西遊記あれこれ つづき

極楽浄土、またの名を西方浄土というのは、実はたくさんある浄土のうちのひとつなのだそうだ。
どれだけたくさんあるかというと仏様の数だけあるそうな。どうやら総面積は地獄よりも大きそうだ。
あまたとある浄土の中で西方に位置するのが極楽浄土で、そこにおわしますのが阿弥陀如来である。
宗派によって違いはあるが、やはり仏教の世界でいちばん身近な浄土といえばやはり西方極楽浄土、さらに、長安から天竺への旅は物理的に西方を向いていたので「西」という共通項がここに浮き上がる。
三蔵のありがたいお経を求めて続けた辛い旅は、それは即ち悟りを求める修行にほかならない

さて、いいかげん話をニンニキ西遊記にもどそう。
この曲「ゴー・ウェスト/ザ・ドリフターズ」を覚えている方もいない方もまずは聴いていただきたい。
どう聴いてもウェスタンである。西遊記と西部劇を臆面もなくむすびつける感覚が斬新というか、素晴らしい。

「ニンニキニキニキ」は擬態語でも擬声語でもない、ましてや「ちょいなちょいな」や「Oh, yeah!」に準ずる合いの手でもない分類不可能な語彙だ。これは意味はなくとも一度耳にしたら忘れられないフレーズを駆使する、ひいてはその曲の題名にしてしまうことで視聴者により深く印象づけるという手法で、ドリフターズやそれ以前のコミックバンドが活躍していたころによくあったものだ。(例:スーダラ節)仮にこのニンニキが歌詞の中に存在しなければこの曲、いやこの人形劇そのものが日本人の心にこれほど深くは刻まれなかったであろう。ただし全く荒唐無稽なフレーズというわけではない。ニンニキのニの字は西のにの字に違いなく、さらには「夢の国」の語尾の「に」音を受けて「夢の国ンニキニン」と滑らかに繋げており、この曲の二番にある「辛抱だンダカダン」、三番にある「大丈夫ンブクブン」と見事に呼応している。

 「西へ向かうぞ」は西方への旅の印象を焼き付ける符号に違いなく、しかも「ゴー ゴー ウェスト」とわざわざ英語で繰り返すところがにくいが、この二者の意味は同じであろう。

「夢の国」とはどこをさすのか?そのまま理解すれば天竺、深読みすれば極楽つまり「悟りに至る」ことを意味すると考えられる。

「西へむかうぞ」と号令をかける。そして「西にはあるんだ夢の国」と理由を述べている。西方極楽浄土を目指そう、即ち「いざ悟りを求め、至らん」と、唱えているのだ。


そろそろ総括せねばなるまい。

観音様がシャーリプトラに授けた真言「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
そして
ゴー・ウェストのサビ「西へ向かうぞ ニンニキニキニキニン 西にはあるんだ夢の国」

この二者は同じことを述べているのではあるまいか、それが筆者の長年の考察課題である。
ではなぜこのありがたいお経がよりによってドリフの西遊記に出てくるのか。

ドリフターズといえば教育委員会の仇敵、ニンニキ西遊記も御多聞にもれずハレンチなネタと駄洒落に満ちており仏教的な教訓などとはまるで無縁な番組であった。長さんのダミ声が般若心経の真髄を歌っている!と言ったところでさっぱり説得力がないので消極的にならざるを得なかった訳だが、最近になって少しは大人びた見方が出来るようになったので以下に書き留めることとする。

そもそも玄奘三蔵が天竺を目指した背景には国が乱れ人心が荒れたという事情がある。それならば、風紀の乱れの根源とされたドリフターズが自ら真言を唱えることに何の矛盾があろうか。さらに言えば、般若心経を読める人とゴー・ウェストを歌える人の量はどちらが勝っているか、比較するまでもなく明らかに後者のほうが上であろう。ある意味で時代の担い手であった彼らが「夢の国」の在り処をほのめかすという事は、信心のない人間の首根っこを掴んで経を読み聞かせる事よりはるかに大きい功徳があると思えてならない。

ドリフターズがすべて計算づくでこの曲を作ったか、それとも真言みずからがその法力をもって俗世界に姿を垣間見せたのかは、どのみち我々俗人には知り得ない。しかし信心とはそんな我々を救うためにあるのだというのを忘れてはならないと思う。

ニンニキ西遊記あれこれ

ドリフ研究家でもある筆者、その子供時代の記憶はまさにドリフターズのネタで満ちている。
土曜8時の全員集合はもちろん、ドリフのメンバーそっくりの人形と本人たちのアフレコによる人形劇、「飛べ!孫悟空」も毎週楽しみにしていたものだ。
主題歌のニンニキニキニキ ニンニキニキニキ …は軽快な二拍子のウェスタン調、同世代の方であればどなたもご記憶ではあるまいか。ゴー ゴー ウェスト ニンニキニキニキニンニンニン、ただしその歌詞の意味まで考えた方、いや考えようとされた方はそうはいないのではなかろうか。西にはあるんだ夢の国ンニキニン。


ninnniki


西遊記の三蔵法師のモデルとなったのは唐の時代、インドに赴き多くの経典を長安に持ち帰った僧、玄奘三蔵である。玄奘三蔵のタクラマカン砂漠やヒマラヤ山脈を越え、飢えと乾きと凍てつく寒さに耐えながら旅をしたという史実に、神仙や妖怪の奇伝を絡めた小説が西遊記である。
玄奘三蔵が辛い道のりで唱え続けたのが般若心経であった(ただしこれはいま読まれている漢語のものではなくサンスクリット語の原本の筈だ。なぜなら般若心経は三蔵本人が帰国語に漢語に翻訳したものであるからだ)。
これも子供の頃の記憶、母が毎日唱えていた般若心経がいまだ耳に残っている。諳んじることはできないが、ふり仮名なしで読むことができる。長唄の師匠であった母の読経はそれは迫力があった。声量もさることながら、今にも討入りが始まりそうな勢いでまくし立てるのでとてもお経にはきこえなかった。正直、はやく済まないかなあと思うのが常で、終わりに近い「ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい」のところに差しかかるといつもホッとしたものだ。
時は過ぎ、学生時代に般若心経の解説を読む機会に恵まれた。なるほどふむふむ、分かったようなふりをしながら読んでいるうち、サビの部分、いや、一番重要でしかも記憶が鮮明な部分に差し掛かる。

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶  
ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい はらそーぎゃーてー ぼーじーそわか

書名も著者も記憶にないが、この部分の解釈はたしかこうであった。

「行きて、行きて、彼岸に行きて、大いなる悟りよ、幸あれ」

般若心経は観音様がお釈迦様の高弟シャーリプトラに真言(悟りを得るための呪文)を授ける、という形式で綴られている。その真言こそが「羯諦…」以降なのだ。なるほど道理で覚えやすい筈である。
さらにその解説では、「彼岸に行く」とは「悟りに至る」ことであると記されていた。
悟りに至るとは何を意味するか、一言で書いてしまうのはいささか迷いがあるが、おそらくこの世の煩悩から自己を解放することであろう。そこで初めて極楽浄土に迎えられるのだ。

さて極楽浄土、どこにあるのかといえば、西である。

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書き手

ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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