きえゆくことば (2)

前回とは少し違う例として「髪結い」を挙げたい。

江戸時代、人様の髪を結う職業とその職人を「髪結い」と言った。「髪結い床」とよばれる店をかまえる者もいれば
道具箱をさげて得意先を廻る者もいた。明治の断髪令を機に髷を結うものは激減し、
大正末期には婦人の髪型も洋髪が主流となったため「髪結い」という職業は「理髪師」に取って代わった。

「理」の字は筋目をつけてととのえるという意味を持つ。
元結をむすんで「髪を結う」時代が去り「師が髪を理える」ようになったのだ。

その昔、日本では男も女も洗い髪やほどきき髪を他人に見せたり触らせたりするのはタブーとされ、
特に女が男に髪を梳く姿を見せるのはのは情交の前戯とも言える行為だったらしい。
その髪を結うのが髪結いだった。江戸時代でもっとも髪の乱れる仕事といえば遊女、
その乱れ髪を結いなおすことで暮らしをたてる、なんとも色のにおいのする仕事ではないか。

江戸時代の女性の職業といえば「縫い子」「おはした」「子守」 「女中」 「産婆」 と、いろいろあるが、
中でも髪結いは収入の面で恵まれていた。女髪結いの亭主は女房のおかげで楽な暮らしができたという。

日本人が髪結いということばを時代劇や歌舞伎の中でしか聞かなくなった平成の時代、
突然これを耳にすることになった。

お江戸文化でいうヒモの代名詞である「髪結いの亭主」を邦題に掲げたフランス映画、
作品の内容はともかくこの題名はちょっとした衝撃だった。
「髪結い」という日本語のもつ淫靡なイメージを作品に添加することを見事に成功させただけでなく、
髪結いということばがまさに忘れ去られようとしていたその折に、いまいちど息吹を与えてくれた。

残念ながらこの映画において「髪結いの亭主」の女房は理髪師であっても髪結いではない。
彼女自身が性的な魅力の持ち主(主人公にとっての象徴的な性そのもの)であるだけで、
日常と情事の世界を往来して色香を持ち運ぶ特殊な存在ではない。

まだつづく
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きえゆくことば(1)

“ことば”はここ数年の私にとって、いちばん大きな命題かもしれない。
日常で殆ど日本語を話さずにいる。しかし、トルコ語で生活しながらも脳は母国語で配線されているので
思考そのものは生まれ育った国のことばでなされており、日本のことばをまるで使っていない訳ではない。
流行りの表現をすれば脳内言語とでも言うのだろうか、これは。
たとえばここである花が咲いている。

ajisai
トルコ語でOrtanca(オルタンジャ)という花。
おそらく、あじさい


その時「あ、あじさいに似ている」という心の中のつぶやきは正しく日本のことばで、
「日本にはあじさいという、これに良く似た花がある」
という意味合いのトルコ語を発するための下敷きとなる。

わがくにのことばは、うつくしい
いま日本で使われる言語は醜悪といえる。でもあれは日本語じゃないと思えばさして気にならない。
生活の様式が変ればそれを表現することばも当然変化するのだ。こんな言い方は乱暴かもしれないが、
ことばとは常にその姿を変え続ける‘生き物’であり、○○語という名前はその語が滅びて千年ぐらい経ってから
付ければよいと思う。

なくなり行くことばの、遠くない過去と今日の間で例を挙げれば「豆腐や」が分かりやすい。

いま豆腐が入用になったとき(豆腐を買いにいかされたとき)どこへ行くべきか、
よっぽどの事がないかぎりスーパーへ行く。
だが遅くとも筆者の子供時分までは豆腐と練り物のみを商う「豆腐や」があったのだ。早朝から仕込みをはじめ、
家々が朝食の仕度を始める頃には店を開けていた。木製で内側にトタンをはった大きな槽は二つに仕切られ水を湛え、
絹ごしと木綿ごしが別々に入れられていた。豆腐を一丁買うために家から桶をもって走ってゆく。
薄暗い店先、湿り気、あの大豆特有のふくねたようなにおい,これが「豆腐や」のことばの持つ世界。
豆腐の販売形態が変った今、その言葉は記憶に封印され、記憶する人々がこの世から去るとともに消えるであろう。
ただし文献には食習慣・商業事情の資料として残る。が、これはツタンカーメンのミイラ同様、
歴史を物語る展示物でありえても生きたものではない。

豆腐やに限らずその職業が時代と共に変化あるいは消滅したがために存在しなくなったことばは多い。
「箍(たが)や」、「鋳掛や」などの生活用具の修理ではもはや稼ぎにならないし、
「金物や」「竿竹や」もホームセンターに吸収されてしまったようなものだ。
布団が煎餅になったら「布団や」で「打ち直し」すれば新品同様になることも、
着物が汚れれば「洗い張り」に出すことも、もはや知らない人のほうが多いのではなかろうか。

生活のかたちが変ればそれを語ることばも当然かわるのだ。
育っては老いてゆく人の一生と変わりない。

つづく

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書き手

ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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