ニンニキ西遊記あれこれ つづき

極楽浄土、またの名を西方浄土というのは、実はたくさんある浄土のうちのひとつなのだそうだ。
どれだけたくさんあるかというと仏様の数だけあるそうな。どうやら総面積は地獄よりも大きそうだ。
あまたとある浄土の中で西方に位置するのが極楽浄土で、そこにおわしますのが阿弥陀如来である。
宗派によって違いはあるが、やはり仏教の世界でいちばん身近な浄土といえばやはり西方極楽浄土、さらに、長安から天竺への旅は物理的に西方を向いていたので「西」という共通項がここに浮き上がる。
三蔵のありがたいお経を求めて続けた辛い旅は、それは即ち悟りを求める修行にほかならない

さて、いいかげん話をニンニキ西遊記にもどそう。
この曲「ゴー・ウェスト/ザ・ドリフターズ」を覚えている方もいない方もまずは聴いていただきたい。
どう聴いてもウェスタンである。西遊記と西部劇を臆面もなくむすびつける感覚が斬新というか、素晴らしい。

「ニンニキニキニキ」は擬態語でも擬声語でもない、ましてや「ちょいなちょいな」や「Oh, yeah!」に準ずる合いの手でもない分類不可能な語彙だ。これは意味はなくとも一度耳にしたら忘れられないフレーズを駆使する、ひいてはその曲の題名にしてしまうことで視聴者により深く印象づけるという手法で、ドリフターズやそれ以前のコミックバンドが活躍していたころによくあったものだ。(例:スーダラ節)仮にこのニンニキが歌詞の中に存在しなければこの曲、いやこの人形劇そのものが日本人の心にこれほど深くは刻まれなかったであろう。ただし全く荒唐無稽なフレーズというわけではない。ニンニキのニの字は西のにの字に違いなく、さらには「夢の国」の語尾の「に」音を受けて「夢の国ンニキニン」と滑らかに繋げており、この曲の二番にある「辛抱だンダカダン」、三番にある「大丈夫ンブクブン」と見事に呼応している。

 「西へ向かうぞ」は西方への旅の印象を焼き付ける符号に違いなく、しかも「ゴー ゴー ウェスト」とわざわざ英語で繰り返すところがにくいが、この二者の意味は同じであろう。

「夢の国」とはどこをさすのか?そのまま理解すれば天竺、深読みすれば極楽つまり「悟りに至る」ことを意味すると考えられる。

「西へむかうぞ」と号令をかける。そして「西にはあるんだ夢の国」と理由を述べている。西方極楽浄土を目指そう、即ち「いざ悟りを求め、至らん」と、唱えているのだ。


そろそろ総括せねばなるまい。

観音様がシャーリプトラに授けた真言「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
そして
ゴー・ウェストのサビ「西へ向かうぞ ニンニキニキニキニン 西にはあるんだ夢の国」

この二者は同じことを述べているのではあるまいか、それが筆者の長年の考察課題である。
ではなぜこのありがたいお経がよりによってドリフの西遊記に出てくるのか。

ドリフターズといえば教育委員会の仇敵、ニンニキ西遊記も御多聞にもれずハレンチなネタと駄洒落に満ちており仏教的な教訓などとはまるで無縁な番組であった。長さんのダミ声が般若心経の真髄を歌っている!と言ったところでさっぱり説得力がないので消極的にならざるを得なかった訳だが、最近になって少しは大人びた見方が出来るようになったので以下に書き留めることとする。

そもそも玄奘三蔵が天竺を目指した背景には国が乱れ人心が荒れたという事情がある。それならば、風紀の乱れの根源とされたドリフターズが自ら真言を唱えることに何の矛盾があろうか。さらに言えば、般若心経を読める人とゴー・ウェストを歌える人の量はどちらが勝っているか、比較するまでもなく明らかに後者のほうが上であろう。ある意味で時代の担い手であった彼らが「夢の国」の在り処をほのめかすという事は、信心のない人間の首根っこを掴んで経を読み聞かせる事よりはるかに大きい功徳があると思えてならない。

ドリフターズがすべて計算づくでこの曲を作ったか、それとも真言みずからがその法力をもって俗世界に姿を垣間見せたのかは、どのみち我々俗人には知り得ない。しかし信心とはそんな我々を救うためにあるのだというのを忘れてはならないと思う。
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ニンニキ西遊記あれこれ

ドリフ研究家でもある筆者、その子供時代の記憶はまさにドリフターズのネタで満ちている。
土曜8時の全員集合はもちろん、ドリフのメンバーそっくりの人形と本人たちのアフレコによる人形劇、「飛べ!孫悟空」も毎週楽しみにしていたものだ。
主題歌のニンニキニキニキ ニンニキニキニキ …は軽快な二拍子のウェスタン調、同世代の方であればどなたもご記憶ではあるまいか。ゴー ゴー ウェスト ニンニキニキニキニンニンニン、ただしその歌詞の意味まで考えた方、いや考えようとされた方はそうはいないのではなかろうか。西にはあるんだ夢の国ンニキニン。


ninnniki


西遊記の三蔵法師のモデルとなったのは唐の時代、インドに赴き多くの経典を長安に持ち帰った僧、玄奘三蔵である。玄奘三蔵のタクラマカン砂漠やヒマラヤ山脈を越え、飢えと乾きと凍てつく寒さに耐えながら旅をしたという史実に、神仙や妖怪の奇伝を絡めた小説が西遊記である。
玄奘三蔵が辛い道のりで唱え続けたのが般若心経であった(ただしこれはいま読まれている漢語のものではなくサンスクリット語の原本の筈だ。なぜなら般若心経は三蔵本人が帰国語に漢語に翻訳したものであるからだ)。
これも子供の頃の記憶、母が毎日唱えていた般若心経がいまだ耳に残っている。諳んじることはできないが、ふり仮名なしで読むことができる。長唄の師匠であった母の読経はそれは迫力があった。声量もさることながら、今にも討入りが始まりそうな勢いでまくし立てるのでとてもお経にはきこえなかった。正直、はやく済まないかなあと思うのが常で、終わりに近い「ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい」のところに差しかかるといつもホッとしたものだ。
時は過ぎ、学生時代に般若心経の解説を読む機会に恵まれた。なるほどふむふむ、分かったようなふりをしながら読んでいるうち、サビの部分、いや、一番重要でしかも記憶が鮮明な部分に差し掛かる。

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶  
ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい はらそーぎゃーてー ぼーじーそわか

書名も著者も記憶にないが、この部分の解釈はたしかこうであった。

「行きて、行きて、彼岸に行きて、大いなる悟りよ、幸あれ」

般若心経は観音様がお釈迦様の高弟シャーリプトラに真言(悟りを得るための呪文)を授ける、という形式で綴られている。その真言こそが「羯諦…」以降なのだ。なるほど道理で覚えやすい筈である。
さらにその解説では、「彼岸に行く」とは「悟りに至る」ことであると記されていた。
悟りに至るとは何を意味するか、一言で書いてしまうのはいささか迷いがあるが、おそらくこの世の煩悩から自己を解放することであろう。そこで初めて極楽浄土に迎えられるのだ。

さて極楽浄土、どこにあるのかといえば、西である。

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書き手

ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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