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キライなことば――「平和」という生簀

「平和」がキライなどと書くと誤解を生みやすい。しかしあくまで言葉の響きに欺かれないよう勤めているだけでテロや戦争に加担しているわけではない。

「平和ボケ」をはじめて耳にしたのはたしか浪人時代に別れを告げた頃だったと思う。ちと怪しげな記憶だが、当時「マルコポーロ」という国際政治を扱った雑誌が創刊され――平和ボケした日本に喝をいれる――と、その宣伝文句に謳われていたのが最初だったのではなかろうか。
成人してはいたがまだ頭が子供だった筆者はこの文句に怒りを覚えたものだ。確かに平和な世の中だった。戦争を放棄し治安もよく国民の権利もしっかりと保障された国に住んでいた。が、この平和な国は無償で築かれたのではない。先人たちの血の滲む貢献によって成されたもの、そうして手に入れた「平和」に「ボケ」をくっつけて軽んずるとは何事か、この雑誌は人々の攻撃心を煽って平和を享受できる有難みを忘れさせようとする愚かなものに見えたのだ。

しかしである。

平和と言えない世界の中で日本はなぜか戦火に曝されることなく安穏としていられた。国民すべてが衣食足りて余暇を楽しむことができた。有難い事には違いないが、そのからくりまで考えが及ばなかったのだ。

戦後の日本は荒波に揉まれることなく生簀で泳ぐ魚の如く丸々と太っていった。いや、太らされたというべきだ。日本人の努力が工業製品の水準を世界一に押し上げた。地下資源に乏しい我が国は原料を外から買い入れ製品類を生産しそれを売るという加工貿易によって富を築いた。
しかしこの世は努力だけでは動かない。むしろそうでないことのほうが多いのだ。この成功は仮にアメリカの保護がなければ有り得なかった。日本を敢えて「生簀の魚」と比喩したのにはその背景を踏まえたからこそである。言いたくもないが、生簀の魚は食われるために在るのだ。では、誰が食うのか。言うまでもないが、飼い主が食い散らかすのだ。

「核の傘」の下、「貿易摩擦」という有名無実な問題をよそに、アメリカという上得意を得た日本の経済はぬくぬくと成長を続けた。懐が暖かくなるにつれ作るよりも外から買うことに慣れていった。野菜や食肉にとどまらず米をも輸入するようになり人々は農地を後にした。都市は人で溢れかえり地価の高騰をまねいた。そしてそれは「職」と「住」を完全に切り離し、父親を家から奪った。親たち以上の生活を求めるがため子供たちは受験という制度の奴隷にされた。受験から解放されたとたんに若者は遊興に溺れ流行に振り回される。
どの家庭にも必ずある、流行、世論、時事のすべてを発信する四角い箱がある。人々は朝起きると、外から帰ると、夜寝る前にまずこの箱にご機嫌を伺う。ひと昔まえの日本人が朝な夕な神棚に一礼していたのとまさに同じ感覚だ。この箱の宣ふ有難き言葉は疑うべきもなく、疑うような罰当たりは相手にしてはいけない。
人々はこのテレビという名の四角い箱の言を信じるがあまり自らの頭で考えることを控えるようになった。己れの心で思うことを避けるようになった。その肌で感じる事を忘れた。もう世の中でどんな歪みが生じても、欺かれても気づきさえしなくなった。

これが、我々の得た「平和」の正体だった。


「平和」は、明治新政府がラテン語のPax(英語のPeace)の対訳に適当な日本語として採用した、古くからある漢語「和平(平らげて和やかにする)」を倒置し「平らげられて和やかな状態」という意味を持たせた造語である。世界史でPax Romanaを「ローマの平和」と習うが、ちゃんと書けば「ローマ帝政の支配にもとづく平和」であり、冷戦期のPax Americanaなどは「アメリカの覇権(脅威)による平和」だ。
ならば「平和」には必ず支配者が要るということになる。これで「平和」が急に嫌なことばに見えてくるのは筆者だけではないはずだ。
耳障りな「支配」ということばを「統治」「制御」「執政」「管理」などと言い換えたところで何も変わりはしない。平和を保つには支配者が必要である。しかし支配される側の人間は支配者を選べないのである。歪みの根はこれなり。

「平和」にあたる語句を日本の祖先が話した「やまとことば」のなかに見出す。
同意とは言い難いが「やす」がそれを包括するだろう。休む、癒す、治す、などの動詞の原型が「やす」である。
漢字をあてると、安、泰、康、保、易、寧、靖、恭、などがある。それぞれ少しずつ違いをもつが大意はおなじくして「争いや病や波風のないさま」である。
「やす」は、天と人と地の間で保たれる均衡とでもいうべき崇高な言葉で、戦火で焼き尽くし軍靴で平らげた「平和」とはそもそも格が違う。

話を平和ボケに戻す。まず「平和」にたいする幻想を捨てなければならない。戦争よりはマシだがそれ程きれいなものではない。平和を誰がどう設計したか見極めないうちは真に良い国は築けないのだ。
そとの海で生きる術など知る必要もない、飼い主のくれる餌をほおばり、外敵の存在もしらない、まな板の上でさばかれていてもまだ気がつかない、生簀の魚のような生きざまを平和ボケという。

魚ならず人であれば若いうちにもっと外を見て歩くべきだ。テレビを消して、新聞や雑誌も捨ててはどうか。遊びのための小遣いを旅にあててはどうか。そしてその目で確かめて欲しい。

共産主義国に貧富の差はないのか
殖民支配を受けた国に水路や学校や病院があるのか
韓国併合は西欧の入植とどんな違いがあったのか
紙幣は何のために作られたのか
隣の国の市民を白リン弾で殺戮しても国連から「遺憾です」と言われただけの国の人の血は何色をしているのか
東京タワーはなぜ333mなのか
寿司が回転しなければ地球は回らないのか
紳士の国の博物館は盗品だらけなのになぜ木戸銭をとるのか
機械部品一つまともに作れない、ろくに働く気もない国の経済がなんで世界第一位なのか
世界の警察を気取る国の裏路地はなぜゴミと死体だらけなのか

ロケット弾をぶっ放しながら「平和」を叫ぶ気違い国家の若者の目はどんな色をしているか
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時計は夜まわる

最近は何かと重苦しい記事が多かったので反省してドリフな記事など。

いかりや長介扮する「母ちゃん」と残りのメンバーによる「悪ガキども」、こんなドリフのコントを覚えておられるだろうか。
戦後の東京の家屋を思わせるセットのなかでの母子劇。何度も同じような筋書きのコントを見せられるのだがこれをワンパターンなどと言ってはならない。歌舞伎の「様式美」に通じるものとぜひ理解していただきたい。


子供時代、ドリフのネタとともに明け暮れしたの筆者のお気に入りの一つが、この母ちゃんコントの時計ネタである。


いかりや 「さあもう晩いんだからさっさと寝てちょうだい、ほらほら。」

子供たちは母ちゃんにどやしつけられてしぶしぶと布団に入る。しばらくはあれこれと喋る子供たちだがもう一度叱られてしずかになり、末っ子の志村けんの他はねむってしまう。母ちゃんも就寝。

志村けん 「なんだか寝れねえなあ、こええなあ。」

見るからに手入れされてないあばら家、ユーレイが出てきそうな風情。足音や水音がするがもちろん志村にしか聞こえない。会場が喜ぶ。

志村けん 「母ちゃん、起きてよ。」
いかりや 「なんだよもお、うるっさいねえ。」
志村けん 「なんかがいるよ、おっかねえよ。」
いかりや 「バカ言ってないで寝るんだよ、ほらっ。」

一発はたかれる志村。母ちゃん布団をかぶる。
ボーンボーンと柱時計の鐘が鳴った。志村がびくりとしてそっちを見ると、なんと時計が柱に沿って上下に動いているではないか、志村まっさお。

志村けん 「わあー母ちゃーん!起きてっ!」
いかりや 「あー、もーいいかげんにしとくれっ!なんだよ一体!」
志村けん 「ととと、時計がうごいたっ!」
いかりや 「時計はうごくんだよこの馬鹿っ!」

うける会場。筆者もケタケタと笑ったのを覚えている。

加藤、ほか「るっさいなあもう、寝てらんないよお」
いかりや 「さあほらくだらないこと言ってないでもう寝るんだよ、ったく馬鹿なんだから。」

他のだれにも起きないことが、志村にだけ起こるのだ。「馬鹿」の運命である。
一同また布団に入るが志村だけはどうしても眠れない。
と、またボーンと時計が鳴り出す。何かが起こると察した会場から笑いがもれる。
志村がおそるおそる時計のほうを見やると今度は時計の本体が柱を背にぐるぐると回りだした。

志村けん 「わーっ!!!大変だ!母ちゃん、時計がまわったよーっ!」
いかりや 「時計はまわるんだよこのやろう!」

母ちゃんの格好をしているがすっかり男に戻ってる長さん。もう最高である。


この時計ネタがなんでこんなに面白いのか。
いかりや、志村ともに正しいことを言っているのに話がすれちがい「馬鹿」であるゆえに志村が一方的に殴られるというところが笑いをさそう。
二人とも正しいのに話がすれ違うのは、それは日本語の特徴によるものだ。機会仕掛けのものをやや擬人化してしまう傾向が日本語にはある。

うごく、まわる、この二つとも能動態の自動詞である。あたかも時計は自分からうごいているような表現だが、実際は振子かゼンマイ、あるいは電池によって動かされて、まわされている。そう、時計が自らの意思で動くはずないのだ。その時計が「予期せぬ動き」をしたのを見た志村は恐怖するが、「常識者」のいかりやは時計が「常識的な動き」をしたと思い込んでおり、動くから何だ、と怒り出したのだ。

しかしこの「常識者」はどう贔屓目に見てもおっさんなのに母ちゃんの格好をしており、しかもこのやろう、ばかやろう口調ときている、もう滅茶苦茶である。
視聴者もこの無茶苦茶加減が好きでたまらない。

「口がわるい」などの理由でドリフは教育委員会やPTAに目の敵にされていた。
しかしこのように日本語の特徴を駆使して子供の心を引き付ける能力は学校にはない。味気のない日本語で行われる退屈な授業で子供たちを飽きさせるのが、学校のやってきた、いまでも続けていることだろう。
常識者(いかりや)はしまいには馬鹿なやつ(志村)の被害者になる。普段、常識という箍にはまらずにはいられない視聴者は、もちろん子供たちも含むが、ドリフを楽しむことでこうして常識者たちにひそかに仕返しをしていたのではないだろうか。

最後はもう志村一人がどつかれるだけでは済まない。障子が破けて無数の手が出てきたり、天井からヤカンだのタライだのが落ちてきて阿鼻叫喚、わー、ぎゃーと叫びながら家の中を全員が逃げ回るが最後はその家が倒壊して舞台は回り、アイドル歌手の歌唱に移る。さあ今のうちにトイレ。

国連の黒い救済――ソマリア

  • 2011/08/16 20:32
  • よりわけ: 世界
この三年で一滴の雨もふらない、そんなひどいことが日本人の思い浮かぼうか。



「ソマリア」「飢餓」で検索すればソマリアの惨状の写真がご覧いただける。やせ細って衰弱した子供の写真などは子を持つ身にしてみれば胸の潰れる思いがする。

ただ、アフリカの草原の民が飢えに苦しむ写真や映像は、とても悪い言い方をすれば「見慣れて」しまっている。視覚情報の氾濫がもたらす弊害とも考えることができるが、いま骨と皮だけになった子供たちの写真を見せられても多少こころが痛みこそすれ「アフリカだから仕方ない」、「何とかするのは国連の仕事」というせりふがすぐに我々の口をついて出る。

なにかがおかしくはないだろうか。

本稿はソマリア飢餓への寄付を募ることを目的としているわけではない。
援助を必要とする人々は日本のなかにも溢れており、善意の行動は各自の良心ある判断によってなされるべきである。
ただ、日本では知り得ないいくつかの事をぜひ書きとめておきたい。

西欧諸国からの救援物資が避難民に届かない―――その原因は欧米からテロ組織と指定されている「アル・シャバブ」の妨害によるものだという。
アル・シャバブはイスラム過激派組織の一つに数えられているが、アルカイダのようなアメリカ製のインチキ組織とは異なり、ソマリアというイスラム社会の内部から興ったものである。ではその敬虔なイスラム教徒のアル・シャハブがなぜ苦しむ同胞たちに差し伸べられた手を払いのけるような真似をするのか?

以前から、WFP(国連世界食糧計画)によってソマリア国民に対して食料の援助が行われていた。2006年、あろうことかWFPはソマリアの農民がその年の穀物を市場に出荷するのと時を同じくして一年分の穀類を援助し配布した。当然市場は凍りつき農民は大打撃を受けた。激しく抗議する農民に対しWFPはその非を認め、必要な調査を行い二度と同じ事態を招かぬことを約束した。だが2007年の出荷時、WFPは前の年と同様に一年分の穀類の分配を行った。ただ、エチオピアの軍隊を護衛に配備していたことが唯一の違いだった。

アル・シャバブはこの時点で彼らの活動拠点であるソマリア南部からWFPを追い出し一切の援助を拒否する方針を固めた。が、食糧難が深刻化した二年前からふたたび救援を受け入れるようにはなっていた。しかしその後、WFPから配布された食料から健康障害を引き起こす物質が検出されたという理由から、非イスラム国家および団体からの救援を強硬手段を用いて遮断するようになった。

近年世界を騒がせたソマリア海賊、その所以となった核廃棄物投棄事件を思い出していただきたい。
海賊の正体は窮地に立たされたソマリアの漁民であった。1991年、内戦によりソマリア政府が崩壊し国家としての機能しなくなった隙をねらい西欧アジア諸国の船がこぞって核廃棄物をソマリア海に投棄した。それだけではない。豊かな漁礁に目をつけた諸国は乱獲を重ね、禁漁の季節は無視され、魚介類は激減し、ソマリアは漁業という重要な収入源をも剥奪された。そして放射能による汚染は刻一刻と進み人々は被爆という悪夢に晒され今もそれは続いている。
国連は彼らを救済するどころか調査にもやって来ない。

不特定多数国家の船をソマリア海から駆逐する目的ではじまった自衛行動はその後海賊行為へと変容した。いったいどちらが海賊か考えてみて欲しい。皮肉なことに、この事態は西欧諸国の海軍に海賊を取り締まるという名目でアラビア海からソマリア海をうろつきまわる権限を与えてしまうことになる。ちなみにアル・シャバブは海賊行為はイスラム法に反する、海賊に組してはならない、と漁民たちに説いている。

国連をはじめユネスコなどの団体は飢餓写真を公表し飢餓救済キャンペーンを催してはパタリとやめてしまう。そしてそれを何年かごとに定期的に繰り返す。なぜか?自ら「飢え」を加速させ、自ら「救世主」を名乗り手を差し伸べる。その手をはたくイスラム教徒を「告発」し、西欧の理念をより崇高なものと世界に見せ付ける。
我々といえば、今にも折れそうな子供たちの脚を見てももはや驚かなくなっている。戦争映画の虐殺場面と同じ頻度でそれを見慣れて(見慣れさせられて)いるからだ。ソマリアが、あるいは他の国が飢えに苦しむ事実は理解できても心が動かない。

人を愚鈍にさせる術はよく研究されている。

弱者に対し悪事を働いた者たちはいずれ神に罰せれれよう。しかし、この悪事に「無知」という形で加担した我々は、果たして同じ罰をうけることになるのだろうか。

月と地震

太陽の表面の爆発(フレア)が地球の火山や地殻活動に大きく関わるという説が紹介されている。爆発によって大量の宇宙線が地球にふりそそぐ。太陽からの距離を宇宙線の速度で割ると、爆発から31時間で地球に到達するという。


太陽はつねに爆発している。その炎が太陽の明るい所以である。しかし八月九日に太陽での数年に一度のみられるかという大規模な爆発が観測された。
地震というのは気まぐれでは起こらない。地球が大宇宙の一部であることを考えれは、森羅万象が外の天体に影響を受けていることは当然とするべきであろう。

筆者の危惧はこのフレアに満月が重なっていることだ。
以前から、満月や月食のあった日の前後にはどこかで地震か火山の活動がみられることが多かった。このことを指摘する学者先生があまりおられないのが不思議なのだが。
なぜか?満月の夜は月・地球・太陽がほぼ一本の線の上に並ぶ。皆既月食(日食)ならば完全に一直線を成す。地球が二つの巨大な天体に引っ張られることになるからだ。満月の前後に潮の満ち引きが最大(大潮)になるのは月に引っ張られているせいである。潮の動きだけで相殺されない力が地震の引き金の一つになっているのではないか、と思うのだ。


今月の十五日は満月。十四日から十六日までが大潮。フレアによる宇宙線の到達が十一日、何も起こらぬことを祈るばかりだが、注意だけは怠らぬようにしたい。

キライなことば――マイケル・サンデルの唱える「正義」 

底が浅くて薄っぺらな日本語が大手を振って歩いている。数えれば星の数ほどになるだろう、その中でも筆者の拙筆にて薄っぺらたるそのわけを書けるものを選んで記しておきたい。


「正義」という言葉、それは「人が利を追求するにあたり、その野蛮な行為を肯定するために必要に応じて姿を変える不実なもの」、という意味が一番あっているのではないかと常に思う。

西 周(にし あまね)、文政12年~明治30年(1829- 1892)石見の国は津和野藩の御殿医に家に生まれ、藩校にて蘭学を学び後にオランダへ留学。帰国後は幕末の幕臣として勤め、大政奉還の後は新政府の官僚となる。文明開化にともなう日本の西欧化に力を注いだとされる。福沢諭吉らとともに明六社を結成。

西はそれまでの日本に存在しなかった多くの西欧的概念を日本に輸入すべく多くの新語を作った。我々にも身近な「芸術」「心理」「技術」などがそうだ。「正義」もその中にある。
では、西がわざわざ「正義」を造語したからには維新前の我が国には「正義」なるものがなかったのだろうか?

似て非なる言葉に「義」がある。儒教の根本である「五倫五常」のうち、人として常に守るべきとされる五常「仁」「義」「礼」「智」「信」に掲げられ、。「正しい道」を意味し「義理」、「仁義」などの言葉の構成要素となった。
聖徳太子が十七条憲法の中、第九条にて記すには、
「信是義本――信はこれ義の本(もと)なり」つまり真心は正道の根本であるという意味だが、日本にも古代から「義」の概念があったことを証明している。
儒教の精神はそのまま日本に根ざし、鎌倉時代以降の武家の世の中の土台骨となった。
西による造語の「正義」は「義」とはもともと同じ意味であるが、まとう空気が違うのだ。「正義」には武士の魂も儒教の心もない。ましてやその根本たるべき真心など微塵も感じられない。ここには、西を含む「文明屋」たちの意図、日本人の心を日本という国から切り離すための悪意があったことが明白である。


さて、本稿の題にも掲げたマイケル・サンデルという学者先生だが、ハーバードだか何だか知らないがめっぽう偉そうな大学で教鞭をとっているということで。お題目は「正義」だそうな。 けっ
日本でも某国営放送でその授業が公開されたり、震災後にわざわざ来日し公開講義を中継している。信望者は多いとのことだが、何故だろうか。

サンデル氏は、ヘタな例え話を肴に「正義とは何か」を学生と討論しそれで人気を博している。人にとっての正しい道についてなど考えたこともない学生諸君にとってはさぞや眩しい先生であろう。サンデル氏の著書は一部がPDF化されているので是非にとは申し上げぬがどうせならビタ一文払わずに見ていただきたい。

例を挙げると、

イギリス兵が四人、救命ボートで漂流している。食料も水も底をつき飢えと渇きに苛まれながら大海原を漂っている。そのうちの一人が耐え切れずに海水を飲み衰弱する。のこる三人のうち二人が共謀し、神に祈りをささげてから生死をさまよう友を刺殺、その肉を喰らう。まさにその時、通りかかった船に発見され救助されるがその場で逮捕され二人は死刑判決をうける。が、女王陛下の口添えで禁固六ヶ月にて放免、というもの。これは実話らしいが、こういった事例をもとに学生に意見をもとめ討論するという。「さあ、君なら人として、この兵士の処遇をどする?」

人を喰らったその時点で人ではなくなる。「義」は人にとっての道であり、どんな苦しい思いをしたとしても人としての最後の判断を誤った以上もう「義」の話はできない。その国の司法が淡々と裁けばよいだけの話だ。
しかし「正義」となると話は別だ。そもそもこの兵士たちは「戦争」という業務中に船が難破し遭難した。雇い主であった女王陛下にも責任があってしかるべきである。なぜなら、自らの腹を満たすための殺人行為を「戦争」という名のもとに正義化している張本人であるからだ。「正義」は「義」にあらず。

ついでにもう一つ。

列車のブレーキが効かない。暴走列車は分岐にさしかかり、一方の行く手には五人の作業員がおりもう一方には一人いる。警笛も壊れて鳴らない。機関士は五人を犠牲にするよりは、とひとりが作業するほうへと突っ込む。また別の話として、暴走列車が前方の五人の作業員に向かっているのを橋の上から見た傍観者が、自分の隣の太った男を橋下の線路に突き落とせば列車を止められることに気づき、実行する。(支離滅裂だがそうと仮定するらしい、あほくさ。)「どちらも話も一人の犠牲でより多くの命を救ったというはなしだが、前者より後者のほうが間違ってみえるのはなぜか」

と学生に問う。サンデル氏の答えは、
「太った男を意図に反して利用したから間違って見える。しかし意に反して列車にはねられるのは作業員も同じことであり、その意味では作業員も太った男も同等である」んだそうな。

詭弁である。意図するしないに関わらず線路上の作業員たちは差し迫る危機に対峙している当事者である。しかし太った男はまるで無関係な位置にいるのに傍観者の行動によって命を落とす羽目になる。作業員と太った男は少しも同等ではない。「一人より五人」という死者の数量を基準に正義の度合いをはじき出そうとしているのが空恐ろしい。
太った男一人を犠牲にすれば五人の作業員の命を助けられるという仮定が成り立つとしても、そう判断し実行する権限がこの傍観者にあるのかどうか考えればサンデル氏の主張が屁理屈であることがはっきりする。が、「正義」の衣が眩しいあまりにそれが見抜けないのだ。

サンデル氏は、「正義」を振りかざして傍若無人にふるまう国連、NATO,そしてアメリカを擁護するために語るのか、あるいは擁護する社会をつくるためにはたらいているのか。いずれにしてもばかばかしい学問である。「正義」という怪しい言葉に似つかわしい。

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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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