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ことはじめ

一年の計は元旦にありと申すべからく、
それじゃあ何かい?もう3日だから遅いってことかい?

新年を祝う風習のないイスラム圏に住むこと九年目、正月らしさを求めることはすでに諦め、
することといえば日本で年が改まった時間に両親に年賀の電話をする程度。
元旦を迎えても、あの冴えざえとした、それでいて心浮き立つような空気はここにはない。
それがないからには一年の計とかも当然ここでの元旦には見出せないのである。

と、だらだら言い訳を綴ってからではあるが、新しい年のことはじめとして、
年の変わり目を祝うのは一体どういうことなのか考えてみたい。

今日世界中で便宜上使われている暦(こよみ)、グレコリオ暦の初日が一月一日。
西欧ではクリスマス休暇の延長上にある一日というだけで、特におめでたいという
意識はないはずである。
中国文化圏・アジア諸国はこのグレコリオ新年よりも旧暦(太陰太陽暦)の新年に重きをおいている。
イスラム諸国では一月一日を祝うのは半ば教義に反する行為とされて敬遠されている。
イスラム以前の中央アジアでは、新年といえば春分の日をさしており、イスラム化した現在も
各地でネヴルーズ(ニューイヤーの意)と呼ばれる春祭りがおこなわれている。

この歳まで知らなかったことだが、興味深いことを見つけたので書いてみる。

16世紀にローマ教皇がグレコリオ暦を採用する以前に使われていたのがユリウス暦。
ユリウス暦制定(紀元前一世紀)以前の暦はローマ暦。
このローマ暦が成立した当初(紀元前八世紀)、月の名前は十二ではなく十しかなく、
しかも年の始まりは春であったという。
これが何を意味するか、実に面白い。

暦自体が農事のための物であったらしい。法王が「春が来たぞ」と宣言したその日が
一年のはじまり、その後30~31日刻みの十ヶ月間市民は農業に従事し、収穫を終えた後
日付のない六十数日間(約二ヶ月)を過ごすのだそうな。

農事のない冬に日付はいらぬって、そんな乱暴な。

程なく名無しのふた月も存在が認められたのか、ジャニュワリウスとフェブラリウス
と命名されてデケンベル(十月)の後に控えることになった。
この時点では新年は未だに春のマルティウス。ジャニュワリウス君は第十一月である。
時は流れて紀元前二世紀の半ば、大きな改暦が行われ冬の王子ジャニュワリウス君は第一月の
栄誉をめでたく手にする訳だが、その理由はローマの国家事業が収穫を終えた第十一月から
始まる事らしく、少なくともこの時点までにそういった政治が確立したというのが伺われる。

ともあれ、これがローマ文化圏の新年が今じぶんであることの経緯。
明日以降これを踏まえて各地の新年を考えてみたい。




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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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