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境界論

なにやら仰々しい題だが小難しい話をしようというわけではないのでどうか敬遠なさらないでほしい。

「境界」、それは二つの領域が接するところである。
海や山河に隔てられた両側で互いに接触がなかった結果それぞれ違う領域ができあがる。古代の国や村の周縁を例に挙げることができるこれを「自然の境界」と呼ぶことができる。それに対し元々ひとつの領域であったものをある目的を持って隔てる場合、その境目は「意図のある境界」と呼んで前者と分ける必要がある。

今日この「意図のある境界」の弊害に世界は正気を失いかけている。境界論などという聞きなれないものを持ち出したのはそのことについての思考の機会をわずかでも持っていただきたいという願いからである。やや回りくどい話ではあるが、どうかご辛抱の上お付き合いいただきたい。



家屋の外壁や屋根は「そと」と「うち」を隔てる境界である。その目的は風雨、寒気、夏の日差し、盗賊、害虫、害獣そして人の視線から住人を守ることにある。木の国である日本の家屋は太古の昔から木造であった。木は暑さ寒さを遮る断熱材であり、湿度にあわせて呼吸をする生きた素材でもある。ただし火には弱い。平安の都は寺院や邸宅が密集した都市であったため一度火災が起こると都じゅうに燃え広がりかねなかった。そこで土と瓦を突き固めてつくる築地塀を敷地の境界にめぐらせ延焼を防いだ。また近世、住宅密集地となった江戸では家の塀や外壁に焼杉(裸火で表面を焦がし炭化皮膜をつくると着火しにくい特性を利用したもの)を用いるようになり、ほかにも「うだつ」と呼ばれる防火壁をあげて大火の備えとした。

 火除け
            築地塀                うだつ              焼杉


「聖域」を穢れから守る目的の境界も存在する。神社の鳥居や注連縄、寺院の山門がそれにあたる。ギリシアの聖山アトスやメテオラなどの修道院は下界との接触を絶つがごとく断崖絶壁の頂上に築かれた。石垣や壁のように外敵を物理的に遮断するのとは違い霊的・精神的な境界である。「聖」から隔てられるのは「俗」である。

 結界
           伊勢 夫婦岩                    メテオラ ルサヌ修道院 

この精神的な境界がいたる処に見受けられるのがわが国である。商店の軒にかけられた暖簾は物理的にはほとんど意味を成さないが立派な境界である。店のうちとそとを隔てつつも道行く人々を店の中に誘い、そして中にいる客の気持ちを外に逃がさないための装置である。
壁と扉の用を兼ねているのが障子や襖などの建具である。木の枠に紙や布を張った構造は軽くて開け閉めがしやすい。祝言や葬儀の席ではこの境界を取り払い大空間を設けることができる。逆に閉じられているときは個別の小空間に区切られて伺い立てなしに外から開けてはならないという不文律によりその空間の独立が担保されている。湿気の多い日本の気候にとり開閉のできるこの境界はその吸湿性のある材料とともに最適であるといえる。

 暖簾と襖
              暖簾                       障子と襖


古来から日本の村落の入り口には道祖神や地神を祀るなどして悪霊邪鬼が入り込むのを防ぎ、同じように都や江戸のような都市の周縁にも寺社を建立した。こういった境界は上述の注連縄や鳥居も含め特別に「結界」と呼ばれている。
木造の構造上、そして雨が多く湿度が高いという気候から家屋の床は地面よりも高く作られる。すると屋内には土埃が入らず、おのずと外と内の清潔さの違いが顕著になる。履物を脱いで「家に上がる」という風習はここに起因する。ここでは「高さの違い」が浄と不浄を隔てる境界を生んだことになる。
日本人の精神が育んだ境界は茶室に集約される。茶会にのぞむ者は露地、つくばい、にじり口を一つひとつ体験することで段階的な境界を越えていく。そして現世と隔てられた茶室へと迎えられ、そこには時と場から切り離された「一期一会」の宇宙がある。

 茶室
         つくばい            露地                  にじり口



敵意のある集団からの防衛という目的を課されたのは城壁や市壁、石垣、堀、である。襖のように吹けば飛ぶような境界とは違い水にも火にも強い素材を用いた堅牢な造りであるため太古の遺跡として今に残ることも珍しくない。
西洋においては日本と違い建築構造は石造が主であり、寺院、城砦、民家を問わず外壁は石造りが普通である。西洋の国々に古い町並みが残り、今もそれが生活の場として生きているのは素材の寿命の長さに起因する部分もある。敵意などない「自然」すら人間と敵対する脅威として捉えていた西洋人は自らの周りに防護壁としての強固な境界を築くことに積極的であった。あまりに強固な境界を持ち合わせたことの結果、西洋では日本人が深く意識した繊細な境界は顧みられることがなかったのはではないかと思えてならない。


都市の境界
      コンスタンチノポリスを囲む市壁              江戸城を守る寺院の結界



境界とは本来繊細なものである。建物の外壁同様にたとえば野菜の皮なども境界であるが、これは外からの刺激から野菜の組織をしっかりと守る反面、組織にとって必要な酸素や日光を吸収することができ、内包される組織の成長とともに皮も伸張する。これだけの繊細さがあってこそ境界として成り立つ。人間の皮膚も同じように繊細な境界であるが野菜と人間がお互いの皮を交換したところで何の役にも立たない。そして西洋と日本がそれぞれの家屋を交換した場合、どちらの居住性も最悪というほかないだろう。

日本の河川敷、その風景はコンクリートの堤防に覆われたものである。堤防もまた河川と陸地の境界である。増水による水害から街区を守るという目的がある。かつての考え方では川は必ず増水するものであり、そのそばに家を作るのは愚の骨頂であった。河川の両側は増水時の緩衝地帯として「河原」が設けられ、また火災の折に延焼を食い止めるための「火よけ地」として機能していたため建物の普請が禁じられていた。そこには大道芸人や物売りが集まり、市中とは違った趣の賑わいがあった。
現代、流通の便から河川の河口付近は開発が率先され人口が密集したことから住宅街が川に漸近してしまった。行政は当然のごとく堤防を築く。が、そこに使われるコンクリートは水と陸の境界に適した素材とはいえなかった。水辺に棲む生き物は生活の場を奪われて姿を消し代りに起きたのはヘドロや悪臭、そして河口付近の藻類の大量発生である。水と陸の出会う処に巣食う生き物たちには彼らの使命があった。そこで生き食いつ食われつする傍らで水と泥を清めてきた。その営みを分断したのがコンクリート製の境界だった。
水辺のみならず地面も地と空の境界である。アスファルトで覆われた地面、おかげで履物に泥がつかなくなったのは確かで建物の中も掃除がしやすくなっただろう。しかし夏の日差しが恨めしくなったに違いない。土中に吸収されることのなくなった熱は逃げ場を失い気温を上げ続け、そして日没後に空に向かって放熱する。人は冷房に頼らざるを得ず、また室外機からの放熱も気温を上げる。
土に命の営みがあればその死骸は微生物が分解し、雨水に触れて溶け土に還る。風が酸素を吹き込み新しい土になる。しかし草も虫もほかの多くの生き物も生活圏を奪われ、さらにアスファルトの下にある土は雨や雪に清められることはなく、水際のコンクリートによる生態系の変化が地中でも起きているといえる。土は穢れ、病巣をはぐくみ病院での治療が不可能な疾患を生む。

微生物や魚介類よりも人間の暮らしを考えるのが行政の義務である。しかしどのような些細なことも巡りめぐって人の世に跳ね返るのをもはや認めないわけには行かない。
老朽化し産廃となったコンクリートの瓦礫を狭すぎる国土のどこに持っていくかとつねに議論すると同時にコンクリートの材料である砂とセメントの両方を大量輸入しているのが日本、まことにもって不思議な国である。


世界地図をみればあまたの国々が網目のように走る境界を接して大陸を共有している。それは「国境」と呼ばれるが、わが国には海岸線が広がるだけで壁も鉄条網も見当たらない。兵士たちが銃を構えて海の向こうを睨んでいるわけでもない。
しかし日本の他のほとんどの国は他国と地続きであるために「国境」を接している。

地面に線を引いただけではない。この国境の一方と他方では法制度が異なりそれぞれにその執行者である政府がある。政府は国益を守るという目的でこの国境という境界をかたくなに守り外からの侵害を許さない。ただし双方に利益を生む場合は接点を設ける。それは交易であり、運輸である。海のない国は輸出入を陸路に頼るほかなく、国境を接する国々と仲が悪ければ難儀する。商品を通過させる側の国に関税やら規制やらをかける権利があるからだ。北極海に面したロシアは通年使える不凍港がないことに大昔も今も悩まされている。こういう国にとっての外交とは海に活路を開くための戦いでもある。地下資源に恵まれているならば強気な外交に打って出ることもできる。しかしそれがない場合は大国の傘下に下ることを余儀なくされる。有り余る地下資源を持ちながらそれを活用する機会を去勢されてしまった国も大国の言いなりになしかない。


山脈の峰をそのまま国境とした地域もあれば遠い昔の国境を今も保持している地域もあるが、アフリカ大陸は第一次大戦後に欧州の列強がアフリカの国土と資源を談合の上で山分けにしたため不自然な直線で国境が描かれている。また38度線やかつてのベルリンの壁はひとつの国をイデオロギーの力で分断した境界である。境界は戦争のたびに消えたり、増えたり、移動したりする。逆に言えばこの「意図的な境界」の塗り替えのために戦争が絶えない。大国同士の力関係が微妙に変化するたびその都合で境界が設定されてしまうからである。

つまり「意図」の在処は大国である。世界の各地でおこる対立、紛争、そして戦争は大国の意図により起こされる。民族や宗教の問題はその材料でしかない。

ぼやけた境界もまた対立を生む。国の輪郭を海によって描かれ、時として「島国」とよばれる日本は世界でも稀な境界を持つ国といえるが本島から離れた小さな島々は幅広い境界線上にあるためその所属が明確でない。だから対立の要素になる、いや、される。
近代日本はこれに翻弄された。日本が北の国と協調することを喜ばない西の国々が先の大戦の終わりに残した禍根が北の島々の帰属問題である。西欧は北の国の産業が発展し国力を伸ばすことを妨げるために運輸に障害を来たすことを意図し欧州に境界をもうけた。それは「反共の壁」とよばれるイデオロギーを大義名分に国々を対立させ物理的かつ精神的に分断するぶ厚い壁だった。ベルリンの壁などはそれを象徴するものである。
そして極東である。仮に日本がソ連と協調し、太平洋に向かって開かれた凍てつくことのない日本の海岸を共有し、その見返りに大陸の資源を安価で輸入することができたとすれば西欧はさぞ気を悪くしただろう。それを阻むため西欧は北方四島をソ連のものとし、日本とソ連がお互いに門戸を開こうとするそのたびに足かせとなることを、日本が欧米に忠誠を誓い反共の壁となることを、その見返りに与えられた経済発展に溺れることを目論み、悲しいかな今日まさにその目論見どおりになった。
日本の南の島には基地がおかれその問題をめぐる紛糾は国が分断されるほどである。反米感情と対米依存という矛盾した二つの感情に引き裂かれ憲法の議論すらまともにできない。迷走する世論は米国にさらなる政治介入を許してしまう。
そして誰も棲まない猫の額ほどの島々をめぐってはありもしない開戦論が繰り広げられている。なぜそこまで血を流したいのか。

資源を無駄にたれ流し、子供に魚を食べさせず、墓参りはおろか先祖に思いを馳せることもなくなった国の政府が漁業権や資源権、先祖が生きていた土地の話をするなど片腹痛い。では聞こう、その北や南の島々の先祖たちに日本の中央がしてきた仕打ちはどう説明するつもりか。その魂に報いるために子孫の暮らしをまたしても踏みにじるつもりなのか。

遠い昔。日本がひとつの国になる前のこと、朝廷は中央に恭順せぬ辺境の民を鬼になぞらえて異端視し、東北の民を蝦夷(えみし)、西南の民を熊襲(くまそ)、隼人(はやと)と名付けて軽んじた。日本書紀をひもとけば神武天皇東征をはじめとする数々の辺境民族征伐譚が記されるが朝廷軍や神々が「騙まし討ち」を仕掛けて勝利したことが臆面もなく書かれている。茨を編んで作った罠に陥れたこと、強い酒を飲ませて酔いつぶしたこと、美しい娘に化けて近づいたこと、宴に招いて皆殺しにしたことなどが敢えて記されたことの背景には日本書紀が編纂された当時にはじまる朝廷の東国征伐を正当化するためにその前例を神々に求めたからである。そして時代は降り江戸のころ、蝦夷地松前藩の横暴に対し蜂起したアイヌの民の首長は藩主から和睦の酒宴に招かれ、酔い潰されて殺された。これは非道である。中央ではできない非道でも境界の外の辺境でなら行えるとする人目を憚りはしても神を畏れぬ理論である。今の日本政府の東北への仕打ちも同様、「安全だからそこにいろ」という学者の言葉に裏付けられた見えない境界で人々をそこに縛り付けている。


律令時代に中央と辺境の境界には「柵」と呼ばれる最前線基地が置かれた。そこは朝廷の覇権が及ぶ限界線を示す。「さく―柵」とは、やまとことばの動詞「さく―裂く、割く、避く、離く」がそのまま名詞になったものである。この動詞から「さかふ―境ふ、界ふ」が派生しさらにそこから生まれた言葉が「さかひ―境、界」、つまり境界である。

境界、それは衣服であり、家である。固く厚い壁を築くだけではなく風土と季節によりその材料を変えて、また窓や門扉、門戸を設けて境界の外と繋がることができる。ときに緩め、ときに堅く閉ざす。
また皮膚であり、細胞膜、細胞壁でもある。外界から内部を守りつつも生体の代謝を妨げぬだけの仕組みがある。
そして民族と宗教である。これは人々の間に見えない境界を築く。先祖から受け継いだ生き方を子孫に伝えるための意識を民族意識といい、それを振りかざして他民族に対する差別と抗争を煽るものを民族主義という。この前者と後者をとりちがえたままでは禍根としての境界でしかない。宗教も同様である。     
知識と経験は人に見識を与え、人はこの見識越しに目の前の事象を捉えてその内側で思考する。したがってこの見識というものは自己と外界の間の境界である。人の見識を育てるのは親であり地域であった。次世代を思う親たちの心があってこそ与えることができた。しかし今、社会の価値基準は経済に乗っ取られ、人々と外界の間にできたのは経済の忠犬であるメディアによって築かれた「意図的な境界」である。人は事象の捉え方をそれに押し付けられている。それがどのようなものかは物質主義経済が大国に奉仕するものであることを考えれば察しがつく。

生態系を無視した土木工事、季節も風土も考慮されない新建材や化学繊維は自然という大きな全体の中からその部分であるはずの人の暮らしを粗末な壁で遮蔽したに過ぎず却って人を痛めつけた。人々がそれに気づいていながらにして抜け出せないのは「意図的な境界」に囚われており、この境界内の掟である「経済」の呪縛を解くことができないからである。需要なき供給そして消費のための消費、経済速度を上げることが目的の経済において数字に換算できないものは無視される。水辺の生き物も人の命の平安も経済の前にあっては価値がない。ましてや第三国の国境などは地面に書いた線に過ぎず経済政策の都合にあ合わせ書いて消してまた書けばよい、民族と宗教そしてイデオロギーを道具に使い、武器を取らせて血を流させて、その赤い血で書けばよい、そんな仕組みを呪わずしてこの世の明日があろうか。


やまとことばは我々に説く。
境界の語源である「さく―裂く、割く、避く、離く」と同列のことばの「さく―咲く」、これは固い蕾が割れて花がほころぶことを意味しており、そこから「さかう―盛う、栄う」が派生する。「さかひ―境」と「さかえ―栄」は縁がある。

ある領域の周りに境界を築き守りを固めるのはその内側が栄えることを求めてである。しかし一方のみの繁栄のために他方を拒絶しても虐げてもならない。道理なき境界であればその内も外も栄えることはなく、ただ水を澱ませ血を穢す。そして人の心に鬼を棲まわせ非道をさせる。

質の違う二者が対峙すれば必ず境界が生まれる。水と油の間には界面ができ、夜と朝の間には夜明けが横たわる。民族が違えば言語も風習も相容れない。人は自然の中にありながらそれとは一線を画して生きなければならない。だから裸では歩けない、雨露をしのぐ家がいる、そして誰もがそれぞれの生まれに誇りを持って生きなければならない。だからこそ外界に対し何らかの境界を持たないわけにはいかない。この世の全ての境界を取り払い「自由」を求めるなどという考えはあまりに幼稚、そして不可能である。語るべきはその境界が道理に従って置かれたかどうかであってその有無ではない。


そこに境界があればその意図を、誰が何のために築いたのかを読まなければならない。あるべきはずの境界が見当たらないときはそれを取り払ったのは誰か、何故かを探さなければならない。悪い意図がはたらいているかを見抜かなければならない。そうすれば、おのずと道理が浮き上がる。




逆ふ、逆らふ、諍ふ、下ぐ、これらもすべて「さく―裂く、割く、避く、離く」から枝分かれした動詞である。抗争、反目、侮蔑を意味する。これはまさに国境をはさんで起きている現象である。「さかふ―逆ふ」が名詞化した「さかひ―逆ひ」は「さかえ―栄」の対極にある。境界が両刃の剣であることを、太古の先祖たちは知っていた。

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すーさん

あやみさん、こんばんは^^

大丈夫なんですか?お体。
いつものことですが上手いなぁ…
と思わせる文章にただ感嘆するばかりです。

三宅洋平さんは、7月20日渋谷ハチ公前での選挙フェスの最後に
境界の内と外にある部族長同士で話し合う“チャランケ”に触れ
民主主義の根幹を話されました。現代の争いは国と国の争いに
見えますが、そういう風にシナリオを書いている昔からの一部の
貴族たちが、大芝居をしたりしているようにも思えます。
寧ろ境界を利用しているような…。

ベネズエラのチャペル氏のような指導者とチャランケしながら、
目に見えない境界を意識して未来に備えなければならないと
思いますが、国民は如何に。日本はこれから大変です。

蝉が鳴きはじめました。夜は虫の音とお月様。
無為自然。
  • URL
  • 2013/07/24 21:45
  • Edit

あやみ

すーさん こんばんは お言葉ありがとうございます。

ご心配なく。体調はもうすっかり元通りです。でも頭のほうはまだ回転が遅いといいますか思考がうまくまとまりません。時間に追われない暮らしをしているのでなおさらです。

チャランケはアイヌ語ですね。アイヌ民族は敵対する前に共栄の道を探ることを理念としています。「民主主義の根幹」とありますが、これは民主主義と呼ばれているものよりももっとすばらしいものだと思います。族長は一族の親同然であり、一族をわが子のように守るのが族長の勤めでした。いまの政府は民主主義を唱えていますがアイヌの親心は微塵も感じられませんね。

貴族たちの大芝居…おっしゃるとおりです。だまされたのは当時の民衆ではなくむしろ後世の人々ではないでしょうか。歴史解釈を巡って争いが起きるのもそのせいです。いまの各国政府の大芝居が未来に悪い影響を与えることが目に見えるようです。

寒冷地以外では麦の収穫が終わりました。これからは葡萄の季節が始まります。
  • URL
  • 2013/07/25 05:31

ますた

 境界論、興味深く読ませていただきました。
 私も、境界=枠組み=意味・思想・・・、といった見方が好きでしたので、わが意を得たり的な嬉しさも・・・。
 又、境界=さく 柵・裂く・割く・咲く・・・。日本語の良さを再認識させられました。

 閑話休題、うだつといえば広島県北部の三次市に江戸形式の本うだつを持つ建物が一軒残っております。中々の物ですよ。
 
  • URL
  • 2013/07/25 11:07

あやみ

ますたさま おことばありがとうございます。

物質と精神はなだらかにつながるものと考えます。物理的な遮断は感情をも遮断し、精神に築いた壁は物質的な境界の木曽になるでしょう。
ちなみに「さく」から変形した言葉に「せく―堰く」があります。これが名詞になると「堰、関」、川を堰き止めたり、街道の要所に置かれた関所の「せき」です。これも何かの流れを制限するための仕組みです。

三次市のHPを覗いてみました。格の高いしっとりとした商人町ですね。石見銀山の御用で潤った町だとか。この地方は鉱物資源に恵まれていますね。
  • URL
  • 2013/07/25 17:24

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書き手

ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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