ことはじめのつづき

世界各地で年の始まりをどこに見出したのかを比較してきたのだが、
このままでは今の元日は祝っても仕方がない日のように思えてしまう。
それでは不毛なので切り口を変えてみたいと思う。

雪が解け、雨が大地を潤し発芽する。その時期を見計らって農作業を始めなければならない。
立春を一年の初めとしたのは至って道理にかなったものだ。

イラン高原や中央アジアの冬は長く、厳しい。即ち農作業に従事できる季節がそのしわ寄せで
短い事になる。収穫神を祀るミフラガーン祭が秋分に行われることから、この地域の農業は
春分から秋分まの六ヶ月、その始まりの春分はこの地に生きた人々にとってまさしく新年であったであろう。

補足になるが、古代エジプトで用いられたコプト暦でいう新年とはナイル河の氾濫がある月を第一月としている。
これは秋分のころに重なり、コプト暦はナイル河の氾濫を起点にした農事暦であることが分かる。

古代ローマの暦も本来は農事暦である。農事の始まりではなく農閑期のはじまりを新年としているのが大きな違いで
これが意味するのは国家事業の根本である農業よりも収穫後からはじまる「政治」を神聖化した表れではないだろうかと考えられる。

ひとつだけ、イスラムのヒジュラ暦だけが確実に他と異なっているのでそれに触れておきたい。
前回、ヒジュラ暦は少なくとも農事暦でないことを書いたのだが、それはアラビア半島は殆どが砂漠であるため
農業がないからなどという理由ではないので、ハンパな中東解説本などの言うことは信じないでいただきたい。
太陰暦とは新月から次の新月までの29ないし30日を一ヶ月とし、一年は354日間である。
閏月を持たないためカレンダーは毎年11日づつ前にずれてゆくので、年中行事も冬から秋、夏から春へと
毎年移動する。これはヒジュラ暦が、ひいてはイスラムが太陽の運行を重視していない事を示している。
太陽神、農耕神、あるいは太陽や炎そのものを崇拝することはイスラム教の最大の禁忌とされている。
それは教義の根幹に「アッラーの他に神はなし」という大前提があるため。
このことを踏まえれば、人々が春分や秋分などの現象に神性を感じることを回避するためにも
ヒジュラ暦が大きな役割を担っていることが分かる。

冬とは「眠」であり、「死」であろう。そこから覚醒し、或いは息を吹き返す点を、
その瞬間を古代の人々は見つけ出し新年と定義した。季節の周期の始点とした。
そしてその周期をつかさどる見えない存在を畏れ「祀り」をした。これが「新年」の本当のゆらいであろう。

昔は(旧暦の)一月が春の始まりだったという中学国語古典授業を思い出す。
さらに一月・二月・三月を初春・中春・晩春と習った。

初春は、「はつはる」ともよむ。(つづく)
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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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