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ローマ法王狙撃事件の証人(1)

  • 2010/01/26 06:58
  • よりわけ: 世界
1981年5月13日、ローマ法王が凶弾に倒れた。
騒ぎの程はそのころ小学校高学年だった私にも事の重大性を知るに十分だった。ただ法王が何故撃たれなければ
ならなかったかは考えが及ばなかった。有名な人間はとかく危険が付きまとう、ぐらいの認識であったのを記憶している。

四度の手術によって一命を取り留めたというニュースに世界中が安堵し喜んだ。
そんな中で私の母はこともあろうに、腸を摘出して短くなったから絶対に太らない、うらやましいわ、などと評価していた。

子供ごころに中年の女性の社会性の無さというか、世の中の懸念にまるで無関係なところに感心したものだ。

法王狙撃事件の記憶はそこで蓋をされる。「ローマ法王」や「バチカン」という言葉のあとに「狙撃」という合言葉が
浮かぶ日本人もじつは多いと思う。なぜならバチカンの業務も存在理由も我が国では関心外、
そこの法王がどういう役割を担っているか漠然としか知れないが、とにかく撃たれて大変な事になったのは
子供でも理解できた唯一の事件であった。バチカンに無関心なのはなにも中年女性だけではない。

papa

今年。その蓋が俄かに開けられた。
実行犯のトルコ人、メフメット・アリ・アージャが30年の懲役を経て放免された。

続く
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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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