ローマ法王狙撃事件の証人 (3)

  • 2010/02/03 05:14
  • よりわけ: 世界
フリーメーソンに属するトルコ軍部高官は少なくない。彼らは左派と呼ばれ、宗教心は極めて薄く、
民族意識もおざなりである。少なくとも祖国の先行きを本気で考えるタイプの人種ではない。
アージャに撃たれ失命した記者アブディ・イペクチ、かれはトルコ軍部の関わる武器および麻薬の密輸の事実を
すっぱ抜く準備をすすめていた。

トルコ南東部はシリア・イラン・イラク・アゼルバイジャン(当時ソ連)に国境を接している。
歴史上の東西交通の血管、シルクロードが網の目をなすこの国境地帯はテロ対策の名のもとにトルコ軍が統治・管理しており、中央の覇権が行き届きかねた地域であった。70年代後半、その絹の道を通るのはラクダならぬ軍用トラックとなった。
そのトラックでトルコ側から流出するのは爆発物、銃器の類であり、逆に流入したのはヘロインを筆頭とする覚醒剤だった。
覚醒剤の産地で銃の需要が、銃をもてあましている国で覚醒剤の市場があったわけだが、トルコはそのどちらの国でもない。
トルコ軍がルートを保障することでこの密輸が成立し、皆が儲けたというわけだ。

軍と軍人はあらゆる特権をもつので3日やったらやめれられない。死地に赴き命を落とすのは
徴兵された若者と相場がきまっている。軍など、そんなものだ。
当然、イペクチは消されるしかなかった。
「ごろつき」だったアージャは国粋主義テロ組織の一員としてきな臭い仕事に携わっていた。
1979.2.1.、組織の命をうけたアージャはイペクチを狙撃し逃走、五ヵ月後に逮捕され獄中の人となり終身刑を宣告される。
アージャが服役していたのは最も警備の厳しい軍管轄の刑務所であったが、逮捕から六ヵ月後に逃走した。いや、
計画的に奪取された、と言うべきか。
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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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