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ニンニキ西遊記あれこれ

ドリフ研究家でもある筆者、その子供時代の記憶はまさにドリフターズのネタで満ちている。
土曜8時の全員集合はもちろん、ドリフのメンバーそっくりの人形と本人たちのアフレコによる人形劇、「飛べ!孫悟空」も毎週楽しみにしていたものだ。
主題歌のニンニキニキニキ ニンニキニキニキ …は軽快な二拍子のウェスタン調、同世代の方であればどなたもご記憶ではあるまいか。ゴー ゴー ウェスト ニンニキニキニキニンニンニン、ただしその歌詞の意味まで考えた方、いや考えようとされた方はそうはいないのではなかろうか。西にはあるんだ夢の国ンニキニン。


ninnniki


西遊記の三蔵法師のモデルとなったのは唐の時代、インドに赴き多くの経典を長安に持ち帰った僧、玄奘三蔵である。玄奘三蔵のタクラマカン砂漠やヒマラヤ山脈を越え、飢えと乾きと凍てつく寒さに耐えながら旅をしたという史実に、神仙や妖怪の奇伝を絡めた小説が西遊記である。
玄奘三蔵が辛い道のりで唱え続けたのが般若心経であった(ただしこれはいま読まれている漢語のものではなくサンスクリット語の原本の筈だ。なぜなら般若心経は三蔵本人が帰国語に漢語に翻訳したものであるからだ)。
これも子供の頃の記憶、母が毎日唱えていた般若心経がいまだ耳に残っている。諳んじることはできないが、ふり仮名なしで読むことができる。長唄の師匠であった母の読経はそれは迫力があった。声量もさることながら、今にも討入りが始まりそうな勢いでまくし立てるのでとてもお経にはきこえなかった。正直、はやく済まないかなあと思うのが常で、終わりに近い「ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい」のところに差しかかるといつもホッとしたものだ。
時は過ぎ、学生時代に般若心経の解説を読む機会に恵まれた。なるほどふむふむ、分かったようなふりをしながら読んでいるうち、サビの部分、いや、一番重要でしかも記憶が鮮明な部分に差し掛かる。

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶  
ぎゃーてい ぎゃーてい はーらー ぎゃーてい はらそーぎゃーてー ぼーじーそわか

書名も著者も記憶にないが、この部分の解釈はたしかこうであった。

「行きて、行きて、彼岸に行きて、大いなる悟りよ、幸あれ」

般若心経は観音様がお釈迦様の高弟シャーリプトラに真言(悟りを得るための呪文)を授ける、という形式で綴られている。その真言こそが「羯諦…」以降なのだ。なるほど道理で覚えやすい筈である。
さらにその解説では、「彼岸に行く」とは「悟りに至る」ことであると記されていた。
悟りに至るとは何を意味するか、一言で書いてしまうのはいささか迷いがあるが、おそらくこの世の煩悩から自己を解放することであろう。そこで初めて極楽浄土に迎えられるのだ。

さて極楽浄土、どこにあるのかといえば、西である。
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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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