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にせウイルスに教わること   第二幕

  • 2011/06/09 08:50
  • よりわけ: 学問
第二幕

熱に冒され意識のない息子に取りすがる家族。

「ああ、何で言わなかったんだい、こんなに悪くなるまで!」と母親。
「ねえっ、隣のお婆ちゃんを呼んできておまじないしてもらいましょうよ!」と叔母。
「それよりお医者さんよんでよっ!」と姉。

父親があわてて医者を呼びにいった。程なく医者を連れてもどる。

「…絶対安静だ。今夜が峠だな。」神妙な面持ちでそう言う医者。
「先生、まさか豚インフルエンザじゃあ…」恐る恐る、父親が訊く。
「予防接種は受けてないのか?」と、医者。
「うー…その、えっと…」答えられない父親。
「ちょうど保健所に行こうと思ってたところでしたの!」割ってはいる母親。アンタは黙ってろと夫を押しのけさらに続ける。
「でも、その矢先に親戚の結婚式があって、兄嫁が兵役から帰ってきたもんで、そのお悔やみに行かなきゃならなかったんでつい日延べにしてしまって…ああこうなるのが判っていたらもっと早く予防接種しておくべきでしたわ。」

冠婚葬祭、病気見舞い、兵役の壮行会と慰労会はトルコの言い訳の常套手段である。たいていの事は許される。

「備えあれば憂いなしと言うだろう。どんな危険も正しい知識があれば怖くない。私も接種している。」医者の意見。
「まったくその通りですナ。とやかく言う人間は多いですが、専門家に任せるべきですワイ」と父親。
「そんなことより弟を何とかしてください!」と姉。

ああそうか、と思い出したように診察を続ける医者、熱冷ましを注射する。

「弟はそんな注射なんかで良くなるんでしょうか!?」と医者に食ってかかる姉。
「子供に何が判るって言うの?こういう事は大人に任せておけばいいのよ!」制する母親。

そして姉の堪忍袋の緒がきれた。

「みんないい加減にしてよ!さっきから聞いてれば言い訳ばっかり並べて!この子、家に帰ってきてから何度も何度も具合が悪いって言ってたでしょ、知らなかったのっ!?…大体あたしたちが何を言ってもちっともわかろうとしてくれないじゃないさ!」

少女の声が劇場に響いた。みな、固唾を呑んで聞き入る。この部分は子供たちが書いた脚本にあった台詞を敢えてそのまま残した。なぜなら、これはかれらの「叫び」に違いないからだ。さらに続く。

「人目がどうの、陰口がどうのって、それが何だって言うの?そんなに大事なの?いつもいつも誰かと比べられる身にもなってよ!じゃあ自分たちはどうなの?隣のお母さんみたいに宿題見てくれたことあるの?隣のお父さんみたいに毎日サッカーして遊んでくれた?ねえ!」

たとえこの台詞を親に面と向かって言ったとしても効果はない。「反抗期だから」と片付けられたしまうだろう。しかし我が子が、その仲間たちが作り上げた劇を通して放たれた言葉は得体の知れない力を持つ。大人たちは負けを認めるほかに術はなかった。


そこへ、テレビのニュース速報が。

「健康省からの緊急ニュースをお伝えします。世界で確認されている病原菌H1N1は、人体および社会に大きな脅威をもたらすものではないことが判明しました。早い話が豚インフルエンザは無いってこってす。以上」

呆気にとられる一同。

「…おかしいと思っていたさ。信じてなかったから予防注射も受けてない。」と医者。全国のお医者さんごめんなさい。
「まったくその通りですナ。とやかく言う人間は多いですが、専門家に任せるべきですワイ」と父親。
「あの…弟はどうなるんでしょう?」と姉。
「ああ、だいじょぶ、だいじょぶ。痛み止めと解熱剤出しておくから。」全国のお医者さんごめんなさい。
「おかげで息子が助かりました、何とお礼を言っていいやら…」と母親。

父親は医者を見送り、叔母はテレビドラマがはじまる時間だとお茶を温めなおしにいく。母親は宿題を済ませて寝るよう娘に言って叔母に続く。舞台に残ったのは姉と弟。

子供たちよ、いつかは大人になるだろう。でも忘れないで欲しい、今日の舞台で虚構の世界に打ち勝ったことを。
この脚本はこれから大人になる君たちへの贈り物だ。この世で一番大事な子供たちへ。
今日と同じ心のまま生きていくのは難しい。いつかは嫌でも虚構の中に身を置かねばならない日が来るだろう。そして父や母のした理不尽を、他の誰かにするだろう。でも決して忘れないで欲しい。虚構を真実にすり替えてはならないことを。そこからは何一つ生まれないということを。


舞台は照明を落とし、姉弟のみ照らされる。


「姉ちゃん、さっきは何で怒ってたの?」薬が効いて我に返った弟。
「勉強しろ勉強しろっていつも言うくせに、自分たちはちっとも学習しないからね、それで怒ったの。」と言う姉。
「後で叱られない?」心配する弟。
「平気よ。きっと今頃もう忘れてるよ。」笑う姉。
「わすれ…あ…!宿題やってない!」と弟。
「先に元気になりなよ。それから手伝ってあげる。」と、姉。
「うん、そりゃいいや。」と、笑う弟。





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Comment

甲辰

この話、おもしろいですね。

このような悲喜劇が今も世界で繰り広げられているのでしょうね。
  • URL
  • 2011/10/17 14:58

あやみ

コメントありがとうございます。
もう世の中がややこしすぎて、見えるものが見えなくなるんですよね。痛い目に遭ってやっと判る、なかには死んでもまだ判らない人もいますけどね。

この劇と同時に上演された次男のクラス(当時小4)は私が全部監修したものです。その顛末もいつか書いてみようとおもいます。
  • URL
  • 2011/10/17 20:08

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書き手

ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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