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おつかい

筆者には息子が三人、娘が一人いる。息子たちは歳がちかいため、それぞれ似て非なるところが目立っておもしろい。まわりからは三人ともよく似ていると言われるのだが良く見ると骨格も神の毛の質も違うし、何より物の感じ方が違っているのだ。当然といえば当然か。

三年ほど前になるだろうか、玉ねぎを使い切ってしまったので長男を八百屋にいかせることにした。
週に一度、町に市がたち、野菜や乳製品、乾物、雑貨、衣料がならぶ。一週間分の買い物ををそこで補おうとすると腕がもげそうになるので、足りない分はほかで済ませる。特に玉ねぎやじゃが芋は重いので市場ではなく近所の八百屋で買うことが多い。
玉ねぎを1キロ買ってきておくれ、と言えば嫌がらずに行ってくれる長男。そこまではいい。だが、ただいまーと言って見せたものはニンニク一束だった。
…両方ともネギ科ではあるが明らかに別の植物である。もう中学校に行く年なんだからこの程度のことは知っていると思い込んでいたが甘かった。まちがって覚えていたのかと訊いてみたらそうではないらしい。、ニンニクと玉ねぎの違いなど考えたこともなかったという。確かに男の子にとっては本当にどうでも良いことかもしれない。

しばらくしてまた玉ねぎを切らしてしまった。今度は二歳年下の次男を八百屋にやってみた。
玉ねぎって何だかわかるよね、と一応きいてから1キロ買ってくるように言いつけたが今回はどうか。八百屋から帰った次男の手にあったのは確かに玉ねぎであった。でも、一個だけだった。
…玉ねぎが何であるか念を押してしまったために脳が玉ねぎでいっぱいになり、キロという単位がすっとんでしまったようだ。しかも「八百屋のおじちゃん、一個だけだからお金は要らないって言うからアリガト言ってもらってきた」そうだ。うわあ恥ずかしい。

おつかいに限らず子供に何かさせようとすればその分大人の仕事が増える。余計な出費もかさむ。でもそれを覚悟で子供たちを使ってやらなくてはならないと思う。そして、子供たちを一人で外に出せないような物騒な世の中を作らない、それも大人の役目だと信じる。

ついこのあいだの話。ニンニクがなかったことに気がつき三男を八百屋にやった。兄たちの失敗談で散々笑った三男だからまさか間違えないだろうと思い、ニンニクを一束買ってきておくれと小銭を渡した。

しかし、買ってきたのは長ねぎ一把だった。
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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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