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アジアのあさ、ヨーロッパのゆう その三

さて、やっと結びに。

日本語で、きょうの次の日を「あした」と言いう。こうして翌日を意味する言葉として使うようになったのは平安時代以降だそうだ。もとより「あした」は日が昇らんとする頃の時間帯をさす言葉、つまり「あさ」のすこし前である。それに対し、日が傾いて沈むまでの時間を「ゆふべ(夕べ)」という。そのすこし後が「よひ(宵)」だ。上代では清音の「ゆふへ」であったという。お互いに対句となる「あした」と「ゆふべ」を比べながら書こう。



「あした」の語源を調べると夜明けの「アケ(明)」に時を意味する「シダ(節)」がくっついて「アケシダ(明け節)」となり、それが「アシタ」に転じたという説が有力と言うことである。…ちと苦しくはなかろうか?古代語はもっと単純明快であるはず、ましてや一日のはじまりという誰にとっても必要な概念を表す言葉にア・ケ・シ・ダと4音節も使うのはどう考えても多すぎる。
「あした」と「あさ」、この二つの隣接した時間帯を示す言葉は同源と考えて間違いない。共通の語幹、「a-s」が鍵だ。それを除くと「ta」がのこる。


「ゆうべ」の語源は、「ユフ(夕)」に「~へ向かう」の助詞「~へ」がついて「ゆふへ(夕ヘ)」になったという説、または「夕」+「辺」=夕の辺り、夕の頃=「ゆふべ」という説がある。しかしこれでは対句である「あした」の成立と何の関連性も見出せないではないか、古代の美的感覚からかけ離れている。
「ゆふへ」「よひ」も同源であろう。母音が変化してしまっているが、共通語幹「yu-hu/yo-hi」を取り去ると「he」が残る。


ここで「うへ」「した」という対句を引っ張り出したい。この二語はおもに上下関係を示す一方で前後の時間関係も作り出すことのできる言葉である。こういった語群は単純かつ明快な上代日本語の重要な構成要素として数えたい。「うへ(u-he)」が前で、「した(si-ta)」が後を示す。するとどうであろう、「a-s」と「si-ta」がつながり重複した子音sがこぼれ落ちると「あした(assita」に、同じく「yu-u」と「u-he」がつながりuが短縮されると「ゆふべ(yuhuuhe)」になるではないか。このほうが明け節だの夕辺だのいうよりよほどスッキリしているし、日の動きとともに生きた祖先の心を自然に映し出してはいまいか。

「あさ/よい」はいずれも日が昇りきった、または沈みきった明快な時間をさしているのに対し、「あした/ゆうべ」はそれ以前のあいまいな頃を表現している。

では、「うえ/した」の接尾辞を得るその前、「a-s」と「yu-u」はどこからやってきたのだろう、それは本稿の「その一」に記したとおり、遠くも遠き地中海からである。農耕が始まる前の日本、日本語の創成期に。「a-s」は「a-su/日の出」、「yu-hu」は「ere-bu/日の入り」だ。ere-buからyu-huの変化は一見キツそうだが、e音で始まるやまとことば(漢語を含む外来語をすべて除いた日本古来から使われることば)は極めて少なくeが脱落するかY音のような子音をともなう傾向が強い。r音も日本人の苦手な音で脱落しやすく、b音とh音も互換性がある。それを踏まえて考えると、本説に多少なりとも光明がさしこむ。



ユダヤ教が生まれる前の世界、人々は太陽を畏怖し、その太陽が生まれる東方は神聖視されたと考えるのが自然だ。その東方に何かを求めて人々が移動したと考えられはしまいか。それを示す遺跡も遺構も存在しないが、それは「侵略」しながら移動したのではなく周囲と「融和」しつつ時間をかけて日本まで到達したからではないであろうか。もしそうであれば、日本を「ひいづるところ」と呼んだのは聖徳太子よりもずっと昔の人ではないかとも思えてきて面白い。

三世紀おわりの応神天皇のころ、大陸から日本へ渡来した人々が詔により大和の国は桧隈の地を賜った。桧隈は後に「飛鳥(あすか)」といわれるようになり推古帝の即位から元明帝の平城遷都までのあいだの飛鳥時代の都として栄えた。現在は奈良県明日香村である。「あすか」の語源は今のところはっきりしていないというが、ここにも「a-s」が出てきた。じつに面白い。

だが面白いと言っていられるところで止めたほうが賢明なのだ。言葉の語源、とりわけ国号に関する話は人が傷つくもとになる。こういった論争を利用して民族間の対立を煽る輩があまりに多い。民族意識や愛国心を逆撫ですれば戦争など好きなだけ起こせるのだ。
民族の誇りを守るとはどういうことなのか、もう一度考えてもらいたいのだ。筆者は強く言いたい。この世にまたとない美しい国、そして言葉を作り上げた祖先に恥じぬ生き方をすることがその誇りを守ることなのだと。たとえよその国に歪んだ歴史を押し付けられようと、たとえ宝物を持ち去られようと、法規や教育、経済すべてをかき回されようと、我々は超然としていればいい。それだけでいいと思う。



本説の真偽はともかく、あさ、あした、あす、あすか、あじあ、そのどれをとっても美しい言葉だ。
空が藍み、やがて赤紫色に染まった雲がちぎれて赤々と日がのぼる。夜陰に冷やされた大気と日の光がまだらに交じり合い、溶ける。一日が始まる。それにふさわしい響きをもつ。人がどんな間違いを犯そうが、国が生まれて消えようが、泣こうが、笑おうが、日の出は遠い昔から超然と繰り返されてきた。



そしてこの先もそうであってほしいと願う。


おわり


   



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ayamiaktas

Author:ayamiaktas
筆者 尾崎文美(おざきあやみ)
昭和45年 東京生まれ
既婚 在トルコ共和国

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